小路の女


 

 門(注:蘇州のこと)の某という生員が訓導の家で酒を飲んだ帰りのことである。
 時刻はすでに二更(注:夜十時頃)を回っており、某は一人提灯を手にほろ酔い気分で小路を歩いていた。ふと見ると、前方に紅い物が浮かんでいる。それは紅衣をまとった女の後姿であった。
 すらりとした体つきで、歩き方が何とも婀娜(あだ)っぽい。これはとびきりの上玉だ、そう某は思った。
「こいつは一つ、前に回ってみるか」
 そこで歩調を速めて女に追いついた。追い抜きざまにちらりと視線を走らせたところ、すこぶる色っぽい美人であった。それとなく声をかけてみると、女も嫌がらなかった。
「姐さん、こんな夜中にどこに行くの?」
 女が答えるには、
「許挙子橋に家があるのよ」
「そりゃちょうどいいや、僕と同じ方角だ。途中まで一緒に行こう」
 というわけで、二人は肩を並べて歩き出した。女はかなりさばけた性分のようで、すぐに打ち解けた。かなりきわどい会話になっても恥らい一つ見せなかった。
 許挙子橋に着くと、女は言った。
「ねえ、うちに泊まっていかない?」
 この願ってもない申し出に某は大喜び。
「願うところさ」
 門を潜ると、小さな楼閣があった。女は懸けてある梯子を上っていった。某もそれに続いた。二階に上がってから女は、
「ちょっと待ってて。お茶の用意をしてくるわ」
 と言って部屋に入っていった。
 窓辺では一人の少年が本を読んでいた。その少年を見た途端、某は何やら不吉な予感がした。気になってチラチラ見ていたのだが、突然、少年の顔色が変わったかと思うと、少年は両手を上げて自分の首を肩からはずした。まるで帽子を脱ぐようであった。少年ははずした首を机の上に置いた。
「ぎゃあーっ!!」
 この恐ろしい光景にたまげた某は悲鳴を上げて卒倒した。
 ちょうど、向かいの豆腐屋が用を足しに起きていてその悲鳴を耳にした。駆けつけてみると、橋のたもとの水溜りに男が倒れている。悲鳴を聞いて近所の者も集まってきた。急ぎ助け起こして介抱したところ、男は意識を取り戻した。某であった。
 ここで何をしていたのかと問われて、某は自分の見たままを答えた。
「梯子を登ったのに、どうして水に落ちてるのでしょう?」
 集まった人々も不思議がった。すると、豆腐屋が言った。
「ついこの間、ここで女が間男と密会している最中、亭主に踏み込まれて殺されたんだ。おそらくお前さんは、その幽鬼にたぶらかされたんだろうて」

(清『夜譚随録』)