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心許身殉


 

 邑(注:現山西省)の学生、郭長泰(かくちょうたい)は眉目秀麗で才気あふれる少年であった。
 十八歳で学校に入ることになり、正装して親戚にあいさつ回りをした。従妹の家を訪ねてみると、そこは後家の母と娘の二人暮しであった。女所帯であったが、身内同士なので席を避けることもなかった。
 娘は非常に美貌で、たまたま居合わせた隣家の奥さんがこの娘と長泰を見比べて言った。
「才郎と淑女、まさにお似合いですわねえ」
 後家も、
「ほんと、そうですこと」
 と答えた。
 娘の方はこのやり取りを聞いても格別恥じらう風もなく、泰然自若(たいぜんじじゃく)としていた。
 長泰は娘のことを好もしく思っていたので、帰宅すると早速、父親にこのことを告げた。しかし、娘の家は貧しく、父親はこの縁談に乗り気ではな かった。娘の家からの仲人が訪れても、そのたびにのらりくらりと返事を引き延ばした。後に富豪が長泰の才を見込んで是非、婿に迎えたいと申し込んできた。父親は息子には内緒でこの縁談を承諾し、結納まで交わしてしまった。
 ある人が、長泰が富豪に婿入りすることを後家に告げた。娘は長泰の縁談が決まったことを知っても動揺した様子を見せなかった。ただ、手にした扇を取り落としたことに気がつかなかった。無言で自室に入ると、そのまま身まかった。
 長泰は娘の死を知るとこう言った。
「厳かにして穏やか、偽りがなくて貞淑。何と得がたい人か」
 そして数ヶ月も経たないうちに亡くなった。

 この二人は心で結ばれていたと言えるだろう。

(清『原李耳載』)