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殉情


 

 徐の士人の息子が華山を通って雲陽(注:南徐、華山共に現在の江蘇省北部の地名)へ出かけた。その途中、華山の旅篭(はたご)に宿った折に一人の娘を見かけた。年は十八、九、傾けた項(うなじ)が殊のほか美しい娘であった。息子は一目で心を奪われたが、如何せん、声を掛けるすべがない。悶々とした心を抱えたまま、華山を後にした。
 帰宅してからというもの、思うは華山で見かけた娘のことばかり。娘のことを思うあまり、遂に気鬱(きうつ)の病にかかり、床に臥す身となり果てた。
 心配した母親がそのわけを尋ねても、初めは答えようとしなかった。しかし、母の熱意にほだされてようやく娘のことを打ち明けた。母は息子可愛さの一念で、自らその娘を探しに華山へ赴いた。そこで、娘のことを尋ね回り、ようやく探し当てた。
 娘は初め、見知らぬ婦人が自分を訪ねてきたのを不審に思ったが、理由を聞いて表情を和らげた。自分のために病床に臥せることになった息子にいたく同情したのである。そこで、身につけていた前掛けをはずすと、母に渡して言った。
「これを息子さんのお褥(しとね)の下にお敷きになって下さい。きっとお治りあそばしますわ。ただ、ことことは息子さんにはご内密に」
 母は前掛けを持ち帰ると、息子には内緒で褥の下に敷いた。娘の言った通り、数日も経つと息子の病は快方へと向かった。
 病も癒え、息子も床を離れることができるようになったので、母は褥を干すことにした。庭に出て褥を広げていると、突然、息子の寝室から振り絞るような叫び声が響いた。母が慌てて駆け付けると、息子が前掛けを抱き締めて泣いていた。
「ああ、これはあの女(ひと)の物だ」
 以来、息子は食を断った。日に日に衰弱していったのだが、何しろ食を断っているのだから、医者にも手の施しようがなかった。いよいよ臨終という時に、息子は母に言った。
「母さん、あの女は心栄えも綺麗だったんですね。僕はもう駄目です。最後の願いを聞いて下さい。僕が逝ったら、柩(ひつぎ)を車に載せてあの女のいる華山を通ってほしいんです」
 母が約束すると、息子は前掛けを抱き締めたままこと切れた。
 母は息子の遺言どおり、牛車に柩を載せて華山へと向った。葬列がちょうど娘の家の前に差し掛かった時、不思議なことに牛が足を止めてしまい、一歩も前に進もうとしない。打とうが牽こうがびくともしないのである。どうしようかと皆が騒いでいると、そこへ娘が現れた。娘は牛車の傍らに立つ婦人を見て全てを悟った。そして、皆に言った。
「しばらくお待ち下さい」
 再び出てきた時には艶(あで)やかな装いに改めていた。娘は天を仰いで号泣した。その声に応じるかのように、それまで晴れ渡っていた空に見る見る黒雲が湧き起こり、激しい風が吹き始めた。娘は血の涙を流して泣き続けた。ひとしきり泣いた後、柩へ向って言った。
「あなたは私のためにお亡くなりになったのね。私一人、生き残ってどうなることでしょう。魂魄(こんぱく)散じた後も私のことを憐れと思し召しなら、柩を開いて下さいな」
 激しい風が砂塵を舞い上げた。葬列の参列者は吹き付ける砂塵の激しさに耐えられず、地に身を伏せた。激しい風に煽られて柩の蓋が音を立てて開いた。娘は柩に駆け寄ると、中へ身を躍らせた。娘の姿を飲み込んで、棺の蓋が閉じた。

 雲が去り、風が止んだ後、葬列は再び出発した。葬列に新たに娘の家族が加わった。

(六朝『古今楽録』)