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袁公


 

 亨(せつこう)は陜西(せんせい)の韓城の人である。非凡な才能の持ち主で、若い頃から異彩を放っていた。
 [シ路]安(ろあん、注:現山西省)の袁公が韓城令となった時に県学の入学試験を実施したところ、主席合格したのは薛亨であった。袁公は薛亨が貧しくていまだに独り身でいるのを知ると、金持ちから嫁を迎えてやろうと謀った。妻の実家の財力で読書を続けられるように、との配慮であった。
 袁公は某家の娘に白羽の矢を立て、人を遣わして某を召し出してその旨を伝えた。
「そなたの家に名誉を加えてやろうと思うのだが」
 しかし、某は薛亨の貧しいことを知っていたので、ウンと言わない。袁公も初めは穏やかに説得しようとしたのだが、段々苛立ちがつのり、もう少しで殴りそうになった。それでも、某は首を縦に振らないのである。
 袁公は吐き捨てるように言った。
「愚かにも程がある」
 そして否応もなく、祭官に必要書類と結納を持たせて某の家へ送り込んだ。某の方でもしぶしぶながらこの縁組を受けるしかなかった。
 善は急げとばかりに、その月の吉日を選んで婚礼を執り行わせた。袁公は納得いかない様子の某夫婦にこう言った。
「薛生はよい婿がねだ。必ずや立身出世するだろうから」
 ほどなくして袁公は服喪のために故郷に戻ることになった。

 後に、薛亨は郷試を(注:科挙の一次試験)を首席で及第した。この時、喪が明けた袁公は再び韓城令に任じられ、赴任することになった。
 ある日、部下が袁公にこう告げた。
「今日は薛解元(注:郷試の首席合格者)の婚礼です」
 袁公は怪訝な面持ちでたずねた。
「妾を入れるだけだろう」
「いいえ、正室です」
 この答えに袁公は驚き、自分が世話をした妻はどうしたのかとたずねた。すると部下の答えはこうであった。
「一年余り前にお亡くなりになられました」
 袁公は自分が世話しただけに、心中残念に思った。
「で、今度はどこから迎えるのか」
「前の奥様の妹御だそうです」
 答えを聞くなり袁公は机をパンと叩いて大笑いした。
「田舎親爺め、前には一人の娘をもやろうとしなかったのに、今度は二人目をやろうというのか」

 後に薛亨は進士となり、山西提学に任じられた。この時、袁公はすでに世を去っていた。薛亨は自ら[シ路]安に出向くと、その御霊を弔い、家族に手厚い贈り物をした。

(明『原耳李載』)