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左慈仙人


 

 慈は曹操の時代の人である。字を元放といい、廬江(注:現安徽省)出身で、若い頃から仙術に通じていた。
 この左慈が曹操主催の酒宴に出席した時のことである。曹操が客人らに笑いかけて言った。
「今日の酒宴は大盛況じゃ。珍味佳肴はほとんど出そろっている。あえてないものを挙げるとするならば、松江の鱸(すずき)の鱠(注:なます。刺し身の一種)くらいであろうな」
 それを受けて左慈が進み出た。
「そのようなものたやすく手に入ります」
 そう言うと、銅の盆を求め、水を張って釣竿に餌を付けると、魚釣りの真似事を始めた。しばらくすると釣り糸がピンと張り、左慈が釣竿を引いた。見事な鱸がかかっていた。これには曹操も手を打って大喜び。満座の客人もみなビックリである。面白がった曹操が言った。
「客人は大勢おるぞ。一匹だけでは足りぬわ。もっと釣れぬか」
「お安いことです」
 左慈はそう答えて再び釣り糸を垂れた。しばらくすると、また鱸を釣り上げた。生きがよくて美味そうである。曹操は料理人を呼び、その場でさばかせて客人らにふるまった。上機嫌の曹操が言った。
「こうして鱸が手に入ってみると蜀(注:現在の四川省)の生姜も欲しくなるのう。一緒に食したらさぞかしうまいだろう」
「お安い御用です。一っ走り行って参りましょう」
 また左慈がこともなげに答えた。曹操は近場で生姜を買って来てごまかすのではないか、と疑って、
「されば、ついでの用を頼もうか。この間、蜀へ錦の買い付けに人をやったのだが、そやつに錦をもう二反買い足すように伝えてくれぬか」
「かしこまりました」
 左慈は一礼してどこかへ出かけて行ったが、しばらくするともう戻って来た。その手には生姜を持っている。
「蜀の生姜です。お使者には織物屋で会いまして、その場で錦を買い足させておきました」
 一年余りして蜀へ錦の買い付けに行った使者が戻って来た。ちゃんと錦を二反買い足してある。問われて使者が答えた。
「ちょうど織物屋で殿のご命令を伝えに来たと称する者に会いまして…日時ですか?あれは確か…」
 錦を買い足した事情、日時ともあの宴席での話とぴったり照合した。
 その後、曹操が近郊へ遊山に出かけた。随行する者は百人余り、左慈も酒甕一つと乾し肉一切れ持参して同行した。いざ、休息しようとする時に誰も酒肴の用意をしていなかった。
 折角の遊山も興ざめになりそうなその時、左慈が酒甕を片手に随従の間を酌をして回った。初めは一甕の酒では唇を湿すのにも足らないと思われていたのだが、あにはからんや、酒は酌んでも酌んでも一向に減らなければ、乾し肉も切っても切っても減りもしない。左慈のふるまいのお蔭で随従の者は十分に飲み且つ食らった。
 怪しんだ曹操は密かにこのからくりを調べさせた。すると辺りの酒屋の酒と乾し肉がなくなっているとの報告を受けた。曹操は不愉快に思った。仙術とはいえ、これは窃盗である。こやつ生かしておいてはロクなことはないわ、殺してくれよう、と心に決めた。
 その時、左慈は曹操の酒宴の席にいたが、捕り手が迫るとニヤニヤ笑いながらスゥっと壁に吸い込まれるように消えてしまった。
 そこで、曹操は触れ書きを出して左慈を捕えた者に褒賞を与えることにした。
 ある人が左慈を市場で見つけて捕えようとした。すると、市場中の者が左慈と同じ姿になってしまい、どれが本物だかわからなくなる。いつもこのようだったので、左慈を捕えることはできなかった。

 後に陽城山(注:河南省にある)で左慈を見かけたという通報を受け、捕り手が出向いた。捕り手に追われた左慈は羊の群に飛び込んだ。捕り手は羊の群をとり囲んだのはいいが、左慈を見つけ出すことができない。報告を受けた曹操はもはや捕えることは無理だと悟り、羊の群に向ってこう呼ばわらせた。
「殿はそなたを殺す気など毛頭お持ちではない。ただ、術を試されただけじゃ。殿はそなたの術の凄さには感服なされ、お会いしたいとおっしゃっておられる」
 すると一匹の年老いた山羊が後ろ足で立ち上がって前足を曲げて、あたかも人があいさつするかのようにした。そして人語を発した。
「何で急に?」
「この山羊だっ!」
 捕り手が殺到した。すると数百頭はいるであろう羊の群が全て山羊に変わって、後ろ足で立ち上がると一斉に、
「何で急に?」
 と言う。ついに左慈を捕えることはできなかった。

(六朝『捜神記』)