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緋鯉


 

 女が汾水(ふんすい、注:現山西省を流れる河)で一匹の緋鯉(ひごい)を捕まえた。この鯉、面構えが凛々しく、普通の鯉とは比べものにならない。老女は珍しく思って持ち帰ったのだが、食べるに忍びなく、庭に小さな池を掘って飼うことにした。
 一月余り後、突然、雲が湧き起こったかと思うと池を覆った。緋鯉は池の中でさかんに跳ね回っていたが、やがてこの雲に乗って空へ昇っていった。同時に池の水も枯れ果てた。
 老女は緋鯉を失って残念がったが、夜になると緋鯉は池に戻ってきた。この後も緋鯉は空に昇っては戻ることを何度か繰り返した。
 近所の人達は緋鯉が何かの妖怪ではないかと思い、老女にも疑いの目を向けた。累の及ぶのを恐れた老女は、池のほとりに立って緋鯉に向かって話しかけた。
「ワシはお前さんの命を惜しんで、こうして生かしている。なのに、お前さんはワシを破滅させようというのかえ」
 その言葉が終わるやいなや、緋鯉が跳ね始めた。風が吹き、雲が湧き起こった。緋鯉が跳ねれば跳ねるほど、風は激しくなった。緋鯉はひときわ高く跳ね上がると、そのまま風に乗って汾水へ入った。
 老婆の手もとには弾丸(だんがん)ほどの大きさの珠が一つ残された。人を射んばかりに光り輝いていた。老女はこの珠を大事にしまっておいた。

 五年後、老女の息子が重い病にかかった。病は日増しに篤くなり、医者も匙(さじ)を投げ、ただ最期を待つだけとなった。老女は緋鯉の残した珠を思い出した。これだけの珠があれば、天下の名医を招いて診てもらうこともできるのではないか。
 早速、しまい込んでおいた珠を取り出してみると、一粒の丸薬に変じていた。
「あの緋鯉が残していったものじゃ。せがれの病を治して恩返しを果たそうというのではなかろうか」
 老女が息子にこの丸薬を飲ませたところ、病はたちどころに癒えたのであった。

(唐『瀟湘録』)