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分鞋記(前編)


 

 宋の人、程鵬挙(ていほうきょ)は戦乱の中で捕虜にされ、興元府板橋(注:現陝西省)の張万戸(ちょうばんこ)の奴隷となった。張万戸は同じ頃、役人の娘を捕虜としていたが、これを程にめあわせて夫婦とした。
 夫婦となって三日後、新妻はあたりをはばかる様子で程にこのようなことを言った。
「お見受けしたところ、あなたはいつまでも人の下で使われているような方ではないようですわ。どうして、さっさとお逃げにならないのです。このような境遇に甘んじておいでなのですか」
 程は主人の張万戸が自分を試すために妻にこう言わせたのではないかと疑い、張万戸に包み隠さず告げた。張万戸の命で妻はむち打たれた。
 それから三日後、またもや妻はこう言った。
「ここからお逃げになって下さい。あなたは、きっと功名をお立てになる方です。いつまでも人の奴隷でいたいのですか?」
 程はますます妻の言葉を不審に思い、また張万戸に告げた。張万戸は妻を程と離縁させて商人の家へ売ることにした。
 別れに臨んで妻は刺繍を施した鞋(くつ)を片方脱ぐと、程のはいた履(くつ)の片方と交換した。妻は程の手を取って泣きながら言った。
「わずか六日の夫婦ではありましたが、あなたとめぐり会うことができて幸せでございました。どうか、どうか、私の言葉を忘れないで下さいませ。あなたが私の言った通りになさってくれさえすれば、悔いはございません。あなたは必ずご出世なさるお方です。そして、いつの日かこの履を手に、お会いいたしましょう。もし会えないまま命終わる日を迎えた時は、私、あなたの履を抱いて死にます。せめても偕老同穴のまねごとをいたしとうございます」
 この時、ようやく程は妻の真意を知り、涙を落とした。
 後に程は妻の残した鞋を懐にして張万戸のもとを脱走し、宋へ逃げ帰った。この時、程鵬挙、十八歳。父祖の功績により、官吏として登された。宋 に戻ってからも、程は日夜妻のことを思い、どのように勧められても後添いを迎えなかった。

 程が妻と別れてから、三十年あまりの歳月が流れた。南宋は滅び去り、中国全土は元の版図に組み入れられた。南宋の遺臣たちは元に投降し、それぞれ官位を授けられた。程は陝西行省参知政事を授けられた。興元府は陝西行省の管轄下にあったので、着任すると早速家人に鞋を持たせて興元府へ妻の消息を求めに行かせた。

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