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観亭の神


 

 代、広東の中宿県から十里ほど行った郊外に観亭江神廟があった。はなはだ霊験あらたかで、不謹慎な者が通ると必ず発狂して山中に駆け込み、そのまま虎と化してしまうほどであった。
 時は流れて、晋代のことである。
 質子将(しつししょう)という人が洛陽から戻る途中、一人の旅人と出会った。旅人は質子将が中宿に戻ると知ると、家への手紙を託した。
「私の家は観亭にございます。廟の前に石の間から藤が垂れているのがそれです。藤を叩けば迎えが出ますから」
 中宿に戻った質子将は言われた通り、観亭江神廟に行って藤の蔓(つる)を叩いた。すると、河の中から二人の人物が姿を現した。質子将から手紙を受け取ると河の中に潜ったが、すぐに現れて言った。
「河伯がお会いになりたいそうです」
 質子将はそのあとに続いて水中に足を踏み入れた。河の底にはきらびやかな御殿が建ち並び、そこで質子将は美酒佳肴(びしゅかこう)をふるまわれた。御殿の人々の挙措や言葉は俗世と何の変わりもなかった。

 以来、観亭には河の神が住むと言われるようになった。

(六朝『異苑』)