画皮(四)


 

 氏は汚いのも気にせず、ごみの上に膝をついていざり寄った。
「お願いでございます!」
 すると、乞食はニヤニヤと笑って、
「よう、別嬪(べっぴん)さん、おいらに惚れたのかい?」
 とからかった。陳氏が事情を話すと、乞食はものすごい音を立てて洟をすすり、
「亭主の代えはいくらでもいるさ。古いのを生き返らせてどうしようってんだ」
 と嘲(あざけ)った。
 なおも陳氏が頼むと、
「けっ!寝ぼけちゃいけねえよ。死んだ野郎を生き返らせろだって?おいらは閻魔(えんま)様じゃねえぞ」
 と怒り出して、手にした杖で陳氏を殴りつけた。陳氏は痛いのを我慢して、その杖を受けた。気がつくと騒ぎを聞きつけて集まった野次馬が周囲を 取り巻いていた。
「お願いします!お願いします!」
 陳氏は杖に打たれながら懇願した。すると、乞食は汚い手のひらいっぱいに痰を吐き出して陳氏に突きつけた。
「おい、これを食え!」
 これには陳氏も困惑の色を隠せなかったが、道士の言葉を思い出して我慢して飲み込んだ。不思議なことに乞食の痰は喉の中に入ると、綿の塊のようになってゴロゴロと下っていき、胸のところで止まった。
 乞食は陳氏が痰を飲み込んだのを見ると、
「別嬪さんよ、よっぽどおいらに惚れてるな」
 と言い残して立ち去った。陳氏が二郎とともにその後を追って行った。乞食は後も振り返らず、そのまま廟の中に入っていった。陳氏達がなおも頼もうと廟について入ったところ、乞食の姿はどこにもなかった。
 結局、乞食は見つからず、陳氏は恥じたり、怨んだりしながら二郎とともに帰宅した。
 それでも一抹(いちまつ)の期待を抱いていないこともなかった。もしかしたら、乞食が何か不思議な術を使って、留守の間に王生を生き返らせておいてくれたかもしれない。しかし、陳氏は寝室に入った途端、現実に引き戻された。王生は腹をぱっくりと裂かれたまま寝台の上に無残な姿をさらしていた。
「あなた、どうしてあんな女を引き入れたのです…」
 陳氏は夫の死骸に向かってつぶやいた。
「あんな女を引き入れたばかりにあなたは殺され、私も人様の前で恥をかかされました」
 涙が堰(せき)を切ったようにあふれた。陳氏は泣きむせんだ。自分も夫の後を追って死んでしまおうと思った。しかし、王生の死骸をこのままにしておくわけにはいかない。そこで、夫の死骸の血を拭って棺に納める用意をした。
 家人は死骸のあまりにひどい状態に恐れをなして、近づこうとしない。陳氏は自ら夫の死骸を抱きかかえて、はみ出したはらわたを腹の中へ収めた。その最中にも涙がとめどなくこぼれた。血を拭き取った死骸は腹の傷をのぞけば、まるで眠っているようであった。どっと悲しみがこみ上げ、こらえ切れなくなって号泣した。その時、あまりに激しく泣いたため、喉の奥がむせ返り、先ほどの乞食の痰の味がよみがえった。
 吐き気を覚えた時にはもう間に合わなかった。顔をそむける間もなく、死骸の腹の中に向かって吐いてしまった。驚いたことに陳氏が吐き出したものは人の心臓であった。心臓は死骸の腹の中でドクドクと鼓動を打ち、煙のような熱気が立ち上っていた。
 陳氏は慌てて死骸に抱きつくと、腹の傷をとじ合わせた。少しでもゆるめると、傷の間から熱気がもれ出てきた。そこで、寝台の帳を裂いて、傷の上から縛りつけた。
 死骸を撫で続けながら見守っていると、だんだんと温みが戻ってきた。夜中には死骸は細くではあるが、呼吸をし出した。夜明け近くに生き返ったのである。
 目を開けた王生はこう言った。
「うつらうつらと夢を見ていたようだ。何だか胸の辺りがちくちく痛むよ」
 見てみると、腹の傷には銅銭くらいのかさぶたができていた。数日もすると、そのかさぶたも消えてしまった。

 思わぬ拾い物にはくれぐれも気をつけるべきである。たとえそれが花のような美人であろうとも。己に禍を招くばかりでなく、家族にまで累を及ぼす恐れがあるのだから。

(清『聊斎志異』)

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