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賈直言と妻


 

 直言の父が禁中の事を外部に漏らしたため、帝の逆鱗(げきりん)に触れた。怒った帝は鴆酒(ちんしゅ、注:毒の入った酒)を下賜した。直言は鴆酒をもたらした使者に言った。
「父には私から飲ませます」
 使者が鴆酒を渡すと、直言はその場で飲み干した。たちどころに死んだのだが、鴆酒は左足から流れ出て、しばらくしてよみがえった。使者がこのことを上奏したところ、帝は奇として直言と父を南海へ流すことにした。後に恩赦(おんしゃ)の勅許が降り、父子は無事に帰還した。
 直言はその剛直をもって名をあげ、諫義大夫(かんぎたいふ)となった。

 直言の妻、董(とう)氏も奇節の持ち主であった。直言が父とともに流刑にが嶺南(広東・広西地方)へ流された時、まだ新婚であった。直言は董氏に言った。
「南海は瘴(しょう)気の地だ。私はおそらく生きては戻れないだろう。お前はまだ若い。私と別れて自分の人生を歩んでくれ」
董氏は返答しなかった。
出発の朝、董氏は髪飾りの類を全て外すと、元結いで髪を束ねた。そして、直言にその上から筆で封印を書かせた。
「必ず生きて戻って下さい。生きて戻ってあなたの手で私の髪を解いて下さい」

夫婦が再会したのは二十二年後のことであった。董氏の元結の封印は昔のままであった。直言が封印を解いたところ、髪はすっかり抜け落ちてしまった。

(唐『独異志』)