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嫉妬


 

 州の東[門+昌]門(しょうもん)の西側に呉泰伯廟(ごたいはくびょう)がある。毎年春と秋に大祭を催し、たくさんの人々が参拝にくり出す。宿願のある者はご神体の三譲王(さんじょうおう)に画を奉納するとご利益があるといわれており、祭壇の周囲には駿馬(しゅんめ)や車、美女を描いた多くの画が掛けられ、見るべきものがある。そのため、平日でも大勢の参拝客が訪れた。

 乙丑の年(785?)の春のことである。ある貴金属商が同業と合同でこの呉泰伯廟に美女を描いた絹布を奉納した。美女は胡弓(こきゅう)を抱えた姿で描かれており、今までに奉納されたどの画をもしのぐ美しさであった。人々は絹布の美女を「勝児」と名づけた。他の画をすべて押しのけて祭壇に一番近い場所に掛けると、巫女を舞わせて奉納の儀式を執り行った。
 それからほどなくして、劉景復(りゅうけいふく)という進士が廟の東隣の通波館で知人の送別会を開いた。酒に酔ってしばしまどろもうと長椅子に身を横たえたところへ紫衣に冠をつけた者が現れた。
「譲王があなた様に廟までお越し願いたいとおっしゃっておられます」
 劉がその者について廟へ行くと、譲王が大勢の侍女を引き連れて待っていた。
「近頃、胡弓の上手な侍女を手に入れましてね。これが胡弓の腕前だけでなく、その美しさも格別なのですよ。あなたが歌曲に巧みだとうかがい、胡弓に合うものを一つ作っていただきたく、わざわざお運びいただいたのです。どうぞ、胡弓の技量を思う存分ふるえるような歌を作ってやって下さい」
 劉はあまり気乗りがしなかった。そこで、まずは酒を一杯所望した。すぐに酒と肴が取り寄せられたが、それは隣の通波館の送別会で出されたものであった。
 劉は数杯あおってから、酔いにまかせて筆を取った。
「繁弦已停雑吹歇,勝児調弄…(にぎやかな弦の音はすでにやみ、騒がしい吹奏の楽も尽きてしまった。勝児は楽器を手なぐさむ…)」
 書いているうちに劉自身、気分が乗ってきた。気がつけば歌いながら筆を走らせていた。
 やがて書き上がった歌を譲王に献上すると、譲王は一人の胡弓を抱えた侍女を召し寄せ、劉の歌に合わせて演奏させた。侍女は節回しも絶妙に胡弓を弾いたので、譲王は大満悦で賞賛した。
 譲王は多くの侍女を引き連れていたのだが、その中の一人が先ほどから嫉妬に燃えた目で胡弓の侍女をにらみつけていた。譲王が賞賛するに及んで我慢がならなくなったようで、手にした金の如意(にょい)を胡弓の侍女めがけて投げつけた。如意は顔に命中して頬を切り、流れ出た血が襟や袖を紅に染めた。
 劉は驚いて立ち上がった。そこで、目が覚めた。

 翌日、廟へ出向いてみると、画中の勝児の頬に大きな傷ができていた。

(唐『纂異記』)