景州の父娘


 

 州(注:現河北省)に武芸に秀でた父娘がいた。娘はキリリとした美少女で棒術を得意としていた。特に縄の両端に鉄鎚をつないだ流星鎚(りゅうせいつい)を好み、その腕前はかなう者のないほどであった。
 父は娘のために婿を選ぶことにした。筋骨たくましく、衆に秀でた武芸の持ち主であること、これが婿選びの条件であった。

 父は人通りの多い往来を婿選びの場に選んで、娘を連れて行った。娘のいでたちはといえば、晴れ着をまとい、五彩の裙子(スカート)をはき込んだあでやかな装いである。ただ、少し違うのは裙子を帯でたくし上げて、春の笋(たけのこ)のようにほっそりと小さな両足を露わにしていることであった。しかも、その尖った鞋の先には銅貨を一枚ずつ置き、手では流星鎚を電光石火のごとく振り回していた。
「流星鎚の圏内に入ってこの銅貨を見事取ることができた方の嫁になります」
 集まった見物人に向かって呼ばわった。しかし、誰一人銅貨を取ることができないままに三日が過ぎた。

 すぐ近くに一軒の居酒屋があり、二階からこの光景を見下ろすことができた。遠方からの旅の男が一人手酌で飲んでいた。青い頭巾で頭を包んだその男は往来の騒ぎを見ると、
「あれは何の騒ぎだね?」
 と主人にたずねた。
「腕自慢の娘っ子が婿探しをしているのです」
 男が窓から眺めていると、向こうから男が一人やって来た。身の丈八尺(注:当時の一尺は32センチ)あまりの勇壮な体格に豊かな髯を蓄えた美丈夫である。その時、馬が何かにおびえて走り出した。美丈夫は馬の後を追うと、一撃で打ち倒してから娘の前に進み出た。
 美丈夫ははじめ虎が獲物に襲いかかるような型を取り、次には獅子の咆哮(ほうこう)を思わせるような型を見せた。そのようにして前後左右に跳躍すること百遍あまりであったが、結局、流星鎚にはばまれて娘に近づくことはできなかった。

 また、地元の士官候補生もこの難行に挑んだ。強力で鳴らした候補生は腕まくりをして、接近したり離れたりを繰り返していたが、娘の流星鎚に膝を直撃されて退散した。
「フンッ!」
 旅の男は鼻息も荒く席を立つと、往来へ下りていった。男は頭巾をしっかりと締め直して、娘の前に立った。娘にじっと目を注ぎ、深呼吸をして息を整えた。そして、鳳のように高く飛び上がった。それへ向けて娘は流星鎚を飛ばした。その瞬間、男は身を沈めた。その素早さは獲物を見つけた鳶(とび)のようであった。男は体を丸めると無防備になった娘の足元へ転がり込んだ。娘はハッとしたが、流星鎚を手繰り寄せるには間がなかった。
 男は二枚の銅貨を握りしめ、そのまま居酒屋の二階へ駆け上がっていった。父と娘は顔を見合わせ、男の後を追った。見物人もその後を追っ た。
 父娘がニコニコ顔で結婚話を切り出そうとするのを、男は卓を叩いて大喝(だいかつ)した。
「轅(ながえ)をたばさみ車を曳く人を押してふざけたり、高い壁を飛び越えようとしている人に石をぶつけるような所業は勇者のすることではない ぞ!」
 父娘も居合わせた見物人もキョトンとしてしまった。男はそれにはかまわず続けた。
「毎日、三百回、三丈(注:当時の一丈は3.2メートル)の跳躍をしたからといって、その人が壮健というわけではない。孔子のどこがすごかったといえば、それは国の難局に当たる能力を持っていたからで、それだって腕ずくではない。西方の聖人は毒龍を封じ込めたが、これを勇力のおかげと誰が言ったか。サイの堅い皮を引き裂き、九頭の牛を引き回したとて、まだ弱いと思われている者もいれば、春のイナゴの足をむしり、秋のセミの羽をちぎっただけで、天下に豪傑と喧伝(けんでん)される者もいる。まことの丈夫とは知恵において言えることなのだ。その方は娘を大切にするどころか、危険な武芸を仕込み、その挙句往来にさらし物にした。天下の英雄を婿に迎えるためだなとと抜かしおる。勇者にも品格がある。品格には心ばえが必要だ。心ばえが穏やかで勇力を持ったもの、これこそ完璧な勇者だ。これだけ言われてもまだ娘のつま先で婚姻を結ぼうというのか?」
 男は一息にまくし立てると、被っていた頭巾をむしり取った。毛一筋ない光り輝くような禿頭(とくとう)が現れた。
「それも和尚相手にだ!」
 そう言い残して男は立ち去った。

 後で聞いた話によれば、男は少林寺の僧侶だったということである。

(清『柳崖外編』)