奇妙な船賃


 

 沙(注:湖南省)西南に金牛岡(きんぎゅうこう)という岡がある。そもそもは別の名前で呼ばれていたのだが、漢の武帝の時に起きた不思議な事件にちなんでこう呼ばれるようになった。それはこういう話である。

 一人の農夫が赤い牛を牽いてやって来ると、岸辺に小船を繋いでいた漁師に声をかけた。
「向こう岸に渡りたいんだがね」
 漁師は牛をちらりと見るなりそっけなく言った。
「牛はムリずら。わっちの舟は見ての通り、こまいけんのう」
 農夫は、
「牛一頭くらい大丈夫だろう。まあ、迷惑はかけませんから」
 と言って、牛を連れてサッサと乗り込んできた。
 農夫の言った通り牛はおとなしかった。といってもおとなしくしていたのは口だけで、反対の出口の方はブリブリと妙な音を立てていた。
「ん?臭いずら…ゲゲッ!!」
 漁師は思わずのけぞった。
「こ、こ、このクソ牛!!」
 クソ牛はその足元にホカホカと湯気の立つ見事な糞をいくつもひり出していた。目を白黒させて怒る漁師に、農夫は詫びるどころか笑って、
「おお、ちょうどいい。これが船賃だ。取っておいてくれたまえ」
 などと言う。漁師はムッとして、
「牛もクソだが、その持ち主もクソッたれだあ」
 とブツクサ言いながら、糞を櫂でこそげ落とした。ほとんどこそげ落としたかと思った時、それが糞などではなく黄金であることに気付いた。
 そうこうする内に舟は対岸についた。農夫は牛を牽いて後ろも見ずに下りていった。不思議に思った漁師はこっそりその後をつけることにした。農夫と牛の姿は一つの岡の前で吸い込まれるように消えた。
「ど、どこに、消えたずら!?」
 漁師は岡の前に走り出ると、左右を見回した。どこにもその姿はなかった。
「この岡のどこかに抜け道でもあるずらか?」
 手近の石を拾って岡を掘り返してみたが、とうとう抜け道は見つからなかった。

 この漁師が掘り返した跡は今でも残っているそうである。

(六朝『湘中記』)