Make your own free website on Tripod.com

 

飲み友達


 

 京の斉化門(せいかもん)を守備する歩兵に陳安という男がいた。実直で夜警にあたる時には規則を守って一時たりとも気を抜かない。これだけ真面目な性格でありながら、酒には目がなかった。

 陳が斉化門の女墻(ひめがき)の近くを通りかかった時のことである。老人が一人、月を眺めながら手酌(てじゃく)で飲んでいた。老人は陳に向かって、盃をあげて見せてニッコリ笑った。陳も思わず笑みを返し、老人の前に座り込んだ。老人は懐から盃を取り出して、陳に勧めた。陳も酒は大好きであったから、勧められるままに受けた。
 飲みかつ語らううちに、陳にある疑念が浮かんできた。こんな時間に、こんな所でどうして老人が一人で酒など飲んでいるのだろう。陳は率直に疑問を口にした。
「ご老人はもしや狐仙では?」
 老人は笑って答えた。
「いやいや、まだ仙の境地にまでは達しておりませぬ。まあ、長らく修行を積んでまいったのは事実です。あなたと私には少しばかりご縁がありましてね、お暇な時にはここで相手をしていただきたいのですよ」
 陳は喜んでこの申し出を受けた。二人は李(すもも)や棗(なつめ)をつまみながら酒を酌み交わし、月が傾いてから別れた。
 以来、月の出るのを待って陳が約束の場所に出向くと、必ず老人は待っていた。

 ある日、老人は陳を自邸へ伴った。老人の邸は王侯をしのぐ豪華なもので、甍(いらか)の波が幾重も続き、大勢の侍従がかしずいていた。酒は今まで口にしたことがない芳醇(ほうじゅん)なもので、肴もまことに珍味であった。
「私はずっとなまぐさを断っているので、お相伴できないのです」
 と老人は言った。帰り際に、老人は四金を贈った。
「なくなったらまた差し上げます。たくさんあっても、役には立ちませんから」
 陳が酒や肴を持参することもあり、老人との交友は日に日に深まった。

 冬至(とうじ)が近づき、天壇で行われる祭祀(さいし)の準備がすすめられた。陳も沿道の警備に狩り出されることとなった。
「…というわけで、数日の間、こちらには来られなくなりました」
 と告げると、老人は言った。
「実は一度でいいから天子のお車というものを見てみたいのですよ。こっそり連れて行ってもらえないでしょうか」
「しかし…」
「私は姿を隠しますから、あなたにはこれっぽっちもご迷惑をおかけしません。あなたの袖が重くなったら、私はもう来ております。そうしたら、袖口をしっかり押さえて下さい。絶対にゆるめないで下さいよ」
 それなら、と陳も承諾した。
 当日、陳が警備にあたっていると、突然、袖が重くなった。そこで言われた通り、袖口を押さえた。しばらくしてふっと軽くなったので、袖の中に声をかけてみたが、何の返事もなかった。
 冬至の祭祀も終わって、陳がいつもの場所に行ったところ、老人の姿はなかった。この日以来、老人は消えてしまった。

 五年の月日が流れた。陳が広昌門外を歩いていると、ひょっこり老人と出くわした。
「何年もどこにいらしたのです?」
 陳がたずねると、老人は頭を掻きながら、
「もう少しで永遠にお会いできなるところでした。実はあの日、あなたの袖の中に隠れていたら、関聖帝(かんせいてい、注:関羽のこと)が天子のお車の後ろにいるではありませんか。しかも周将軍まで露払いに出ていて、私を見つけるなり斬りかかってまいりました。慌ててお堀に飛び込むと、ちょうど妊婦(にんぷ)が水を汲んでいたので、その足元に隠れたのです。周将軍もそれを見たら、引き返していきました。しかし、大事を取って数年の間、姿を隠していたのです。今日、ようやく帰ってまいりました」
 と答えた。陳と老人の交友は再び始まり、月夜には女墻の下で酒を酌み交わすのであった。

 後に陳が病で亡くなると、老人は位牌に手を合わせて泣いた。そして陳の家族に三十金を贈り、葬儀の費用にあてさせた。

(清『柳崖外編』)