巻物


 

 嘉貞(ちょうかてい)は若い時、不遇で貧困にあえいでいた。
 ある日、東の通りで年老いた占い師を見かけた。何か助言でもしてもらえたら、と思った嘉貞は占ってもらうことにした。占い師は封印された巻物を二巻、嘉貞に渡して言った。
「これにはお前さんがこれから先、死ぬまでに就く官位が記されている。任期が満ちるたびに開いて確認するがよい。しかし、その先を見てはならぬ ぞ。見たらすべては台無しだ」
 占い師の言葉に偽りはなかった。彼は順調に出世を果たし、その官位は宰相や刺史(しし)にまで昇った。

 巻物の一巻目が終わって定州(注:現河北省)刺史となった時、嘉貞は病にかかった。病は日に日に重くなり、とうとう危篤(きとく)におちいっ た。枕もとで嘆き悲しむ家族に、
「ワシにはまだ一巻分の官位が残されている。死ぬはずがない」
 と言って残った一巻を持って来させると、開いて見た。その途端、嘉貞は蒼白となり、巻物を取り落とした。家族が見てみると、巻物は一面、「空」の字で埋められていた。
 嘉貞はすでにこと切れていた。

(唐『定命録』)