妻恋い幽霊


 

 京に幽霊を見ることのできる老婆がいた。老婆は自分が見た幽霊の話をよく語って聞かせた。
「でもね、この前見た幽霊ほど滑稽で哀れなものはなかったね」
 こう言っては決まってある幽霊の話をするのであった。

 その幽霊ってのは某村の某という男なのさ。家はそこそこの物持ちだったよ。亡くなったのは二十七、八だったかねえ。
 最初に見たのは死後百日でそこの嫁さんに呼ばれて行った時だよ。そしたらね、某の幽霊が中庭の丁香(ちょうこう)の木の下にチョコナンと坐ってるんだよ。何とも申し訳なさそうな顔をしてさ。嫁さんの泣き声や子供の泣き声、兄さん夫婦と嫁さんの言い争う声を聞くと、窓の下まで寄って行くんだよ。幽霊だから生きた人間の陽気に近づけないんだけど、それでも耳をそばだてて中の様子をうかがっているんだね。困り果てた表情をしてたよ。
 次に見たのは、仲人が嫁さんに再婚の話を持ってきた時さね。仲人の姿を見た途端、飛び上がってさ、どうしていいかわからないらしくてキョロキョロ辺りを見回してた。あの時は話がまとまらなくて仲人が帰って行ったんだけど、幽霊ときたら、うれしそうな顔をしてたねえ。
 でもね、あの小うるさい兄さん夫婦がいつまでも嫁さんを家に置いておくわきゃない、それからほどなくして仲人がまたやって来たよ。やっこさん、成り行きが気になってしょうがないらしくて仲人の後をついて回ってた。人間の陽気に中てられてフラフラになるだけなのにね。結局、幽霊の願いもむなしく、話はまとまっちまった。
 結納の日には、あの幽霊、木の下に坐ってじぃっと嫁さんの部屋を見つめてシクシク泣いてるんだよ。嫁さんが部屋を出たり入ったりするたびに、その後をついて回ってね。未練たらたらってところさ。
 嫁入りの前の晩、嫁さんが支度をしていると、幽霊のやつは部屋の前を行ったり来たりしてるんだよ。でね、時折、柱にもたれては泣いてた。嫁さ んの部屋から咳払いの音でもしようものなら、扉に飛びついて隙間からのぞくのさ。一晩中、この有り様さ。あたしは思わずこう言ってやったよ。
「バカな幽霊だねえ、どうしてそこまでするのさ」
 そう言っても聞きゃあしない。柱にもたれて泣き続けてたよ。
 あくる日、新郎の家から迎えが来ると、幽霊は松明(たいまつ)を避けて壁の隅に引っ込んだ。それでも伸び上がって嫁さんの方を見てるんだよ。
 あたしは嫁さんの介添えとしてついて行ったんだけど、後ろを見ると幽霊もついて来てるんだよ。新郎の家に到着すると、幽霊は門神にさえぎられて中に入れてもらえない。何度も何度も頭を下げてようやく門をくぐることを許された。塀に隠れて嫁さんの婚礼を呆然と眺めてた。床入りになると、幽霊は寝室の窓の隙間から中をのぞいてた。灯りが消えてもじっと動かないでいたんだけど、とうとう竈(かまど)の神に追い立てられて、おろおろしながら出て行った。
 幽霊はとぼとぼと家まで戻ると、嫁さんの部屋へ入って隅っこに坐り込んだ。夫婦には子供が一人いてね、嫁さんは子供を置いていったのさ。部屋に一人残された子供が母親を求めて泣き出すと、幽霊は飛んでいった。でも、どうもしてやれやしない、両手をもみ絞りながらただ子供の周りをウロウロしてるだけさ。誰か来てくれないかと待ちかねているところへ、兄嫁さんがやって来た。やって来るなり、子供に平手打ちさ。幽霊は歯がみして足ずりして悔しがってたね。
 これ以上見てるのがつらくなってね、あたしは帰ることにした。

(清『続子不語』)