龍陽


 

 王と龍陽君が一つ舟に乗って釣りをした。龍陽君はたてつづけに魚を十数匹釣り上げた。途端に彼ははらはらと涙を落とし始めた。
 王が不思議に思ってどうして泣くのか問うと、龍陽君は、
「臣の釣り上げたこの魚のためです」
 と答えた。
「どういうことだ?」
「最初の一匹を釣り上げた時はとても嬉しゅうございました。しかし、後になってどんどん大きな魚を釣り上げるようになると、最初に釣り上げた魚を捨てようとしております。今、臣は畏れ多くも大王の枕席(ちんせき)を払っております。しかし、この四海の内、美しき者はたくさんおります。臣ごときが大王の寵愛を受けていることを知れば、おそらく大王の下にはせ参じることでしょう。そうなれば臣もこの魚と同じ運命、きっと捨てられることと思います。これが泣かずにおられましょうか」
 魏王は天下にこう布告させた。
「あえて美しき者のことを言うものは族滅に処する」

(漢『戦国策』)