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旅籠の嫁


 

 の咸通年間(860〜874)のことである。
 近衛左軍に張季宏(ちょうきこう)という人がおり、勇猛で大力の持ち主であった。彼がどのくらい大力の持ち主であったかは次に紹介する事件で証明できよう。
 ある雨の日、季宏が勝業坊のぬかるんだ道を進んでいると、反対方向から農夫が驢馬に薪を負わせてくるのと鉢合わせになった。農夫が道をよけようとしないのに怒った季宏は、驢馬の四本の足を引っつかんで堀へ投げ飛ばした。驢馬は堀の数歩向こうまで飛ばされた。これを見ていた人達はその豪勇に驚嘆したという。

 さて、この大力無比の季宏が公務で襄州(じょうしゅう、注:現湖北省)へ向かう途中、商山(注:陝西省)の旅籠(はたご)に泊まった。旅籠の老婆が息子にこう言っているのが聞こえた。
「そろそろ悪人が戻ってくるよ。早くご飯の仕度をしておかないと、後が大変だ」
 そして、憂わしげにため息をついた。どうやらこの後、よほど恐ろしいことが待ち受けているようである。不審に思った季宏が老婆に何を恐れているのかとたずねたところ、
「嫁が凶暴で抑えることができないのです」
 とのこと。
「あんた達が何を恐れているのかと思ったら、嫁さんですと?嫁一人、厳しく叱りつければよいではありませぬか」
 季宏がそう言うと、老婆は首を振ってこう言った。
「お前さんは何も知らんからそう言えますのじゃ。うちの嫁の勇ましいことと言うたら、もう無敵じゃ。近所の衆も皆、恐れておりますのじゃ」
 勇ましい、と聞いて季宏の身中に闘争心が芽生えた。そこで、笑って言った。
「まあ、細かいことはワシには関係ないとして、そんなに勇ましいのなら、ここは一つ、お婆さん親子のためにその嫁さんを何とかしてさし上げましょう」
 すると、老婆と息子は季宏に向かって叩頭した。
「ありがたや、ありがたや、そうして下さればワシら親子、安心して暮らせます。ささやかながらお礼もいたします」
 この話を聞きつけた近隣の者達も見物に集まって来た。
 日暮れ時になって、若い女が薪を担いで帰ってきた。これが老婆達が恐れている嫁であった。見たところ普通の若い女で、特別凶悪な顔立ちをしているわけでもなければ、筋骨たくましいわけでもない。
 季宏は旅籠の裏庭の大きな石の上に坐り、傍らには驢馬の鞭を置いて待ちかまえた。そして、嫁を呼びつけた。
「お前はこの旅籠の嫁だな。ワシは長安で、お前が己の大力を恃(たの)んで姑に仕えないという話を聞いたぞ。何故にそうなのだ?」
 すると、嫁は季宏に向かって深々と礼をしてからこう答えた。
「お役人様、余計なおせっかいは結構です。私にも一言申し開きをさせて下さいませ。嫁たる者がどうして姑に仕えないはずがありましょうか。姑というものはたいてい嫁を嫌うものですから、きっと何か吹き込まれたのでしょう」
 嫁には一向に悪びれる風が見られなかった。老婆が横から、
「これ、お前、お客さんの前ででたらめを言うんじゃないよ」
 とたしなめると、嫁は事例を上げて反論した。一々例をあげるごとに中指で季宏の坐っている石の上を引っかくのだが、そのたびに数寸の深さで石が削られていった。恐るべき怪力である。まともにやり合いでもしたら、ひとたまりもなくひねり潰されてしまう。季宏は恐怖のあまり冷や汗の噴き出すのを感じた。
「私が仕えていないと申せましょうか?」
 嫁が季宏の判断を仰いだ。季宏は震える声でこう言うのが精一杯であった。
「よ、嫁ごの言うのも道理だ」
 そして、部屋の扉を固く閉じ、その晩はまんじりともせず過ごした。夜が明けるのを待って早々に出立した。

 長安へ戻る途中、再び商山に寄り、嫁のことをたずねてみると、あの旅籠を出てよその家へ嫁いだとのことであった。

(唐『劇談録』)