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緑衣の人(後編)


 

 にこの世の者ではない、と告げられて趙源は驚いた。しかし、不思議なことに少しも恐ろしく感じられなかった。ただ、女が死してなおさまよい出ることとなった因縁というものに強く心をひかれた。女は趙源の懇願に応じて、淡々と語り出した。

 私は賈秋壑(かしゅうがく、注:賈似道のこと)様の侍女でございました。この地の良家の娘で、幼い頃から碁(ご)をたしなみ、十五の年に棋童(きど う)として秋壑様のお邸に奉公に上がりました。秋壑様は公務を終えてお戻りになると、必ず私を呼んで碁のお相手をさせました。ずいぶんとご寵愛を受けたものです。
 その頃、あなたも、いいえ、前世のあなたですわね、僕(しもべ)として秋壑様のお邸にお仕えしていらっしゃいました。あなたはお茶をお立てになるお仕事をなさっていたので、いつも秋壑様にお茶を捧げに奥までいらしておりました。
 まだお若く、人並みすぐれた美男子のあなたを、私、いつしかお慕いするようになりました。憶えていらっしゃるかしら、ある時、私が薄絹で作ったお財布をこっそり投げてさし上げたことを。あなたはお返しに鼈甲(べっこう)の小箱を下さいました。
 私達はお互いに思い合いながらも、内と外の隔ては厳しく、どうすることもできませんでした。しかも心ない同輩に悟られ、密告されてしまいました。そして、私とあなたは断橋(だんきょう)のほとりで死を賜ったのです。
 あなたはこうして再びこの世に生まれ変わりましたが、私はまだあの世をさまよっております。これも運命とはいえ、何とむごいことでしょう!! 私、前世の縁をつなぐため、こうしてさまよい出てきたのでございます。

 女は言い終わるや、むせび泣いた。趙源は再生することもかなわず、恋人に会うために死霊となってこの世をさまよう女の心根を哀れに思った。また、女の思いの深さにも感動した。ともに泣いた後、趙源は言った。
「僕と君の恋は二世にわたる因縁なんだね。ならば、前世の願いを果たそうじゃないか。もっともっと愛し合おうよ」
「でも、私の魂魄(こんぱく)は時期がきたら、散じてしまいますわ」
「それはいつ?」
「三年後です」

 三年後、果たして女は病の床に臥すようになった。女は枕もとで泣く趙源に向かって言った。
「前に申し上げたとおりになりましたわ」
 そして、くるりと壁の方を向くと、そのまま息絶えた。
 趙源は嘆き悲しみ、女の亡骸(なきがら)を丁重に棺に納めた。いざ、埋葬の段になってみると、棺が軽くなっている。開いてみると、亡骸はなく、ただ衣類と装身具の類が残されているだけであった。

 趙源は女の情に報いるため結婚はせず、霊隠寺で出家した。そして、女の菩提(ぼだい)を弔いながら一生を終えた。

(明『剪燈新話』)

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