泥人形


 

 士の銭千という者が河岸を歩いている時、水面に浮かぶ一体の泥人形を見つけた。泥人形には美しい彩色が施されていた。珍しく思った銭千は拾い上げて持ち帰り、妻に渡した。妻は寂しそうに言った。
「私に子供がいないからこんなものを下さるの?」
 妻は泥人形に着物を着せ、昼はいつも胸に抱き、夜は添い寝をした。泥人形が本物の子供であるかのように可愛がった。
 信じられないことだが、ある晩、この泥人形がおねしょをして敷布(しきふ)を汚した。銭千は気味悪く思い、朝になるのを待って泥人形を溝に捨てた。
 その夜、門前で泣き声が聞こえたかと思うと、捨てたはずの泥人形がヨチヨチと入ってきた。
「お母ちゃん…」
 そして、まっすぐに奥へ進み、銭千の妻の寝床にもぐり込んだ。
 恐れた銭千はこのことを占い師の康生に相談した。康生は卦(け)を立てて言った。
「ことは重大ですぞ。三人の命がかかわっておりまする」
 銭千はますます恐れた。
「どうしたらよいでしょう?」
 康生はしばらく思案してからこう答えた。
「帰宅したら、すぐにその泥人形を斬り捨てることです。そうすれば怪異はやむでしょう」
 銭千は刀を研(と)ぎ、泥人形のすきを伺って斬りかかった。確かな手ごたえがあった。灯りで照らしてみると、そこに泥人形の姿はなく、妻が血だまりの中に倒れていた。
 銭千は妻殺しの容疑で逮捕されたのだが、康生がことの真相を知っている、と主張したので、康生は証人として喚問(かんもん)されることとなっ た。その時、康生は恐れて自殺した後であった。
 結局、銭千は身の証しを立てることができず、処刑された。

(宋『青瑣高議』)