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日本国の王子


 

 中年間(847〜860)に日本国の王子が来朝し、宝物(ほうもつ)と音曲を献上した。帝は返礼に様々な余興や珍味佳肴をととのえて王子をもてなした。
 王子が囲碁にすぐれていることを知った帝は、待詔(たいしょう)の顧師言(こしげん)に命じて一局、囲ませることにした。王子は持参した楸玉 (しゅうぎょく)の碁盤と冷暖玉の碁石を取り出した。
 王子は言った。
「日本を東に去ること三万里の彼方に集真島という島がございます。その島の凝霞台(ぎょうかたい)にある手譚池(しゅたんち)で採れる玉石はもともと白と黒に分かれております。冬、手に取れば温かく、夏は冷たい。それゆえ、冷暖玉と呼ばれております。また、島では楸玉も産します。楸玉は碁盤の原料となる楸(ひさぎ)の木とよく似ております。これを磨き整えて碁盤を作れば、清らかな輝きを得られます」
 師言は王子との対局を開始したが、両者の腕前は互角で三十三手に至るも容易に勝敗が決まらない。師言は異国の客人に負けを喫して、君命を辱めることをおそれた。手に汗して想念を凝らした末に、ようやく一石を置いた。
「鎮神頭!」
 これは一石で二勢を解く手であった。
「むむっ!」
 王子は目を見張って腕をすくめたきり、石を握る手を下ろした。

 王子は鴻臚卿(こうろけい、注:外国の使節の接待を担当する官署の長官)にたずねた。
「あの待詔は貴国では第何等の名人なのでしょう?」
 鴻臚卿は、
「第三等でございます」
 と答えた。
「ならば、第一等の名人とお手合わせ願いたい」
 王子がそう懇願すると、
「まずは第三等に勝って、第二等と対局なさるのが筋というものです。第一等とは、第二等を破ってはじめて対局することができます。今、あせって第一等と対局してどうなさるおつもりです」
 と退けられた。王子は碁盤に身を伏せて嘆いた。
「ああ、小国の第一等は大国の第三等にもかなわないのか」

 実は鴻臚卿は嘘をついていた。師言は天下に並ぶ者のない第一等の名人であった。しかし、その第一等の名人が思いもよらぬ苦戦を強いられたので、大国としての面目を保つために第三等だと偽ったのであった。

(唐『杜陽雑編』)