神船


 

 山(注:現江蘇省蘇州)の男が所用で北京へ行った。帰りは張家湾(注:河北省通県の南、北京の水運の起点)で南へ行く船を探すことにした。しかし、夜が明けたばかりで、乗せてくれそうな船は見つからない。その時、河の中ほどに一隻の巨大な船が浮かんでいるのが目についた。甲板には衣冠もいかめしい貴人が一人坐っており、十数人の侍従を従えていた。
 男は船に向かって大声で呼ばわった。
「蘇州まで乗せていっていただけませんでしょうか」
 すると貴人は、
「我が船も蘇州へ向かっているところじゃ」
 と言って、船を岸に寄せるよう命じた。男は丁寧に礼を述べて、船に乗り込んだ。そして、邪魔にならないよう船尾にちんまりと座を占めた。船が岸を離れた途端、男は猛烈な睡魔に襲われた。そこで草履(ぞうり)を脱ぐと傍らにきちんと揃え、風呂敷包みを枕に一眠りすることにした。
 男が目覚めると、日はすでに西に傾きかけていた。起き上がって驚いた。草むらの中で寝ているのである。船も貴人も姿を消していた。風呂敷包みは頭の下にあったが、草履はなくなっていた。風呂敷包みを抱えて街道に出ると、通行人を探してたずねた。
「ここはどこですか?」
 きかれた通行人は怪訝(けげん)な顔をしながら、こう答えた。
「はあ?楓橋(ふうきょう、注:蘇州西北郊)ですが」
 この答えに男はびっくり仰天。しきりに首をかしげながら、街へと急いだ。
 城門を入ってすぐ近くの廟で一休みすることにした。何気なく祭壇の神像に目をやって驚いた。船の貴人にそっくりなのである。祭壇のわきに精巧な船の模型が置いてあるのだが、あの船と形から装飾まで何から何まで同じであった。ただ、大きさが違うだけである。
 近くで見てみると、船底と櫓(ろ)が濡れていた。そして、船尾にはきちんと揃えられた草履があった。

(明『庚巳編』)