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髪を梳く女


 

 京の阜城門内に一軒の凶宅があった。住人が次々に恐ろしい目に遭って死ぬので、今では空き家になっていた。
 護軍の永某という男は日頃から豪胆(ごうたん)を自負していた。同僚達がこの凶宅で肝試しをしようと言い出した。一晩過ごすことができた者には褒美を出す、と約束した。すると、永某は胸を叩いて言った。
「オレをおいて誰がいるっていうんだ?」
 彼が自ら志願したので、やらせてみようということになった。
 日が暮れてから、永某は酒と肉を携えて凶宅に乗り込んだ。二更(注:夜十時頃)を回る頃には、かなり酔っていた。気が大きくなった永某は、剣を抜いて柱を殴りながら、
「幽霊がいるのなら、どうして姿を見せないんだ。一体、どこに隠れてやがる」
 と大声で怒鳴りたてたが、返事をする者はない。永某は大笑いした。出もしない幽霊を待つのをやめて、寝ることにした。
 ウトウトし始めた時、かすかに物音が聞こえた。足音のようである。永某が辺りを見回すと、向こうの部屋から灯りがもれていた。飛び起きて剣を執ると、足音を忍ばせて近寄った。そして、扉の隙間からのぞいてみた。驚いたことに灯火の下に、頭のない女が坐っていた。
 女は膝の上に置いた自分の頭を置いて、片手で支えながらもう一方の手で髪を梳いていた。その両の目は炯々(けいけい)と輝き、じっとこちらを見つめている。
 永某は恐怖のあまり凍りついた。逃げようにも金縛りにあったようで一歩も動けない。女が髪を梳き終わった。女は両手で耳を持って頭を持ち上げ、自分の首にすえつけた。そして、さっと立ち上がると、こちらに向かって歩き出した。
 さらなる恐怖心が永某の体を自由にした。永某は転がるようにその場を逃げ出し、階段で本当に転がった。そのものすごい音を耳にした隣家が夜警の兵士に通報した。兵士が急行すると、階段の下で永某が這いつくばっていた。手足は傷だらけであった。永某が目撃したところを語ると、皆、恐怖に震え上がった。

 永某はこの夜の体験があまりに恐ろしかったせいで、病床に臥せる身となり、数日もの間、起きることもできなかった。ようやく回復して職場に復帰したところ、同僚達の嘲笑(ちょうしょう)に遭った。

 以来、彼は豪胆を自慢しなくなった。

(清『夜譚随録』)