書中の美女(三)


 

 玉は碁やサイコロの道具を買い整えさせると、毎日玉柱とともに遊んだ。しかし、玉柱にはこの遊びのどこが面白いのかわからない。そして、如玉がいない時を見はからってはこっそり書物を広げるのであった。如玉がまた怒って帰ってしまうことを畏れ、こっそりと『漢書』の八巻を他の書物の山の中に隠してわからないようにした。
 ある日、玉柱が隠れて書物を読んでいるところへ如玉がやって来た。しかし、彼は夢中で読みふけっていたので、すぐには気がつかなかった。ようやく気づいて慌てて書物を隠そうとした時には如玉の姿は消えていた。
 玉柱は大慌てで書物の山を探し回った。しかし、『漢書』八巻はなかなか見つからない。念入りに隠しすぎたのである。ようやく見つけた時にはへとへとになっていた。同じ頁を開くと、如玉はまた切り絵の姿に戻っていた。玉柱は平身低頭して二度と書物は読まない、と誓った。すると如玉は姿を現し、彼と碁を打って言った。
「三日経っても上達しなかったら、私は帰ります」
 三日目に二人で碁を打つと、玉柱は二手勝った。如玉は大いに喜んで、今度は琴を与えて言った。
「五日のうちに一曲弾けるようにしてご覧なさい」
 玉柱は琴にかじり付き、わき目も振らず弦の上に指を運んだ。初めは指が思うように動かなかったが、だんだんに慣れてくると指も言うことを聞き、節も間違えなくなる。気がつけば体で拍子を取りながら弾けるようになっていた。
 如玉は毎日、玉柱と一緒に酒を飲んだり、サイコロを振ったりして遊び興じた。玉柱にもその面白さがわかるようになり、書物のことなどすっかり忘れてしまった。如玉は玉柱に家に引きこもらず、外へ出てなるべく色々な人と付き合うよう勧めた。玉柱自身も物怖じしなくなり、気の利いた言葉を操れるようになった。おかげで、ざっくばらんな男という評判がにわかに立ち出した。
 如玉が言った。
「もう試験にいらっしゃっても結構です」
 ある晩、玉柱は如玉に向って言った。
「男と女が一緒に暮らせば子供が生まれると聞いている。僕と君はもう一緒に暮らすようになってかなりになるのに、どうしていまだに子供ができないんだろうね」
 これには如玉、笑ってしまった。
「あなたが毎日ご本を読むのを、私が無駄だと言ってる意味がおわかりかしら。夫婦の事もまだご存知ないんですもの。子供を作るにはそれなりの工夫が必要なのよ」
「どんな工夫?」
 如玉は笑って答えず、その話はそれまでになった。
 それからしばらくして、如玉は身をもって教えてくれた。玉柱は書物を読んでも得られなかったこの経験をすっかり気に入ってしまった。
「僕は知らなかったよ。夫婦がこんなに楽しいことだったなんて。だって誰も教えてくれなかったんだもの」
 そして、逢う人逢う人にこのことを話して聞かせるので、口を掩って笑わない者はなかった。このことが如玉の耳に入り、咎められると、
「一目を忍ぶ仲ならいざしらず、ちゃんとした夫婦のことは誰だってやってることだろう。誰に憚ることがあるの?」
 と不思議そうな顔をするのであった。
 真との夫婦となってから八、九ヶ月の後、如玉は男の子を生んだ。乳母を雇って子供の世話を見させた。
 ある日のこと、如玉が言った。
「私はあなたと一緒に二年暮らして、子供も生んでさし上げました。もうお別れしましょう。あまり長く一緒にいると、あなたに禍が及ぶかもしれませんもの。今ならまだ大丈夫ですわ」
 突然、別れ話を切り出されて玉柱は仰天した。

 

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