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往生


 

 蜀(注:五代十国の一つ。四川を中心とした地方政権)の呉文宗は若年にして莫大な所領を相続した。彼は風流を好み、身辺に十数人もの美姫、楽妓を侍らせていた。いずれもえり抜きの美女ばかりであった。
 しかし、文宗には嫉妬深い妻がおり、夫の首根っこをおさえていたので、思う存分楽しむことができなかった。

 ある日、百官を召集する太鼓が鳴り響いた。文宗が身支度を整えて宮城へ急ぐ途中、召集が解除されたことを知った。
そこで、従者にこのことを妻には内緒にするように言い含めると、こっそり邸に戻り、寵愛する美女達の部屋を順ぐりに巡った。
 最後の一人のもとを訪れた時には、疲労は極限状態に達していたが、彼は最後の体力をふり絞って美女の体にはい上がった。それが彼の最期であった。
 精も根も尽き果てた文宗は美女の腹上に往生を遂げたのであった。

(五代『王氏聞見録』)