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義兄弟


 

 西都指揮の司整は若い頃、悪少年として鳴らしていた。同じような悪少年達と義兄弟の契りを結び、一人が辱めを受ければ、皆で力を合わせて仇を討つのであった。
 司整はかつて酒場で小競り合いになった相手を殴り殺したことがあった。司整自身は運よく逃げることができたのだが、義兄弟の一人である劉某が捕 まってしまった。劉は司整の居場所を追及されてこう答えた。
「殺したのはオレだ。整じゃない」
 現場に居合わせた人々が皆、口を揃えて司整がやったと証言しても、劉は頑として自分がやったと言い張った。結局、本人の自白があるので、当局としてもその言い分を認めるしかなかった。
 劉には死罪が申し渡された。後に減刑され、遼東へ流罪となった。司整はその恩に感じ入り、劉への仕送りを欠かさなかった。
 実のところ、司整には年老いた母がおり、一人息子の司整を頼って暮らしていた。劉はその事情を知っていたので、司整の身代わりに自首して出たのである。

 この義気、古の侠士といえども及ばないであろう。

(明『菽園雑記』)