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玉馬


 

 朝宋の昇明年間(477〜479)のことである。
 夜更けに荊州(けいしゅう、注:現湖南省)刺史(しし)の沈攸之(しんゆうし)の厩(うまや)の馬達が突然、怯えて騒ぎ出した。まるで何か恐ろしいものでも見たかのように飛び跳ね、いななくのである。馬丁の話によると、腹に緑色の縄を締めた白馬がどこからか現れ、そのため厩の馬達が怯えるとのことであった。
 攸之は飼葉桶(かいばおけ)のそばに部下をひそませ、白馬がどこから現れるのか監視させることにした。見張り始めてしばらくすると、一頭の白馬が現れ、厩の前で存分に駆け回ってから姿を消した。
 部下はてっきり馬が逃げたのかと思ったが、厩には厳重に鍵がかけられている。幸い、踏み荒らされた蹄の跡がくっきりと残っていたので、その跡をたどって行った。蹄は奥御殿へと続いていた。白馬の正体は物の怪ではないかと見当をつけ、奥御殿を調べることにした。
 攸之には馮月華(ふうげつか)という愛妾がおり、いつも腕に白玉で作った馬をさげていた。玉馬は緑の紐で結わえてあり、夜寝る時にはこの玉馬を腕からはずして枕もとに置いていた。時折、見えなくなることもあったが、明け方には必ず枕もとに元通りあった。
 攸之が玉馬を手にとってよく見てみると、蹄に少し泥がついていた。この玉馬が夜な夜な厩の前を駆け回っていたのである。

 後に攸之は失脚し、玉馬の行方もわからなくなってしまった。

(唐『宣室志』)