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猪嘴道人(前編)


 

 和年間(1119〜1125)の初め、洛陽に一人の道士がいた。いつも唄っては気の向くままに振る舞った。また、時折、天秤棒(てんびんぼう)をかついで果物を売り歩いたりもした。道士は未来のことを予測することもできたが、あまり人に知られていなかった。
 口が長くて前につき出していることから、人々はこの道士のことを「猪嘴道人(ちょしどうじん、注:豚のような口をした道人)」と呼んだ。
 同じ洛陽に李献という資産家の子弟がいた。賈貌(かばく)という親友がおり、どちらも年若く豪放であった。人をもてなすのが大好きで、たびたび猪嘴道人を招いては三人で酒を酌み交わしていた。猪嘴道人の酒量はたいそうなもので、一斗飲んでも乱れなかった。
 ある日、三人で郊外を散策していると、猪嘴道人が言った。
「諸君、今日は飢える心配はありませぬぞ」
 そして、懐から紙包みを取り出した。中から小麦の種が十数粒出てきた。猪嘴道人がこの種を地面にまくと、見る見るうちに芽が出て、どんどん伸び、やがて実を結んだ。手で実をしごくと小麦粉となって落ちた。そこで、水を汲んできて餅を作って懐にしまった。しばらくして懐から取り出すと、こんがりよい具合に焼きあがっていた。随従の下僕にいたるまで、腹いっぱい食べた。さらに不思議なことに、それから数日間、空腹を覚えなかった。
 賈と李の二人はすっかり敬服し、よりいっそう手厚くもてなすようになった。
 また、こういうこともあった。洛陽の人は非常に桃の花を好む。ある夏の盛りに、賈と李、猪嘴道人の三人で池に臨む水閣で酒を飲んでいた。猪嘴道人が、
「この小さな池の蓮(はす)に桃の花を咲かせてみせよう」
 と言って、懐からつぶてを取り出し、水面に生い茂る蓮の葉へ向かって投げた。酒を飲みながら様子を見ていると、蓮のつぼみは次々に開いていった。驚いたことに開いた花はすべて桃であった。蓮の葉の緑と桃の紅が相映え、何とも美しい。話を聞いて近隣はこぞって見物に来たのだが、驚嘆しない者はなかった。蓮に開いた桃の花は数十日間、鑑賞することができた。

 ところで、李の遠縁に陳朝議という人がいた。長らく東南で太守を務めていたが、任期を終えて洛陽に戻って来た。陳は奥殿に十数人の姫妾を抱えており、いずれも美形であった。中でも越珍と呼ばれた姫妾の美しさは格別で、この右に出る者はないとまで言われた。
 春の野遊びの時、李はこの越珍と出会った。互いの目と目が合った途端、李の魂はとろけてしまった。家に帰ってからも目の前に浮かぶのは、越珍の姿ばかり。寝ては夢に見、醒めては幻に見るという具合で、重症の恋煩いにかかってしまった。

 

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