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尼寺の秘密


 

 順年間(1457〜1464)のことである。常熟(現江蘇省)から受験のため上京してきた若者が、宿舎から出かけたまま七日間戻らなかった。
 実はある尼寺に引き止められていた。毎朝、尼は扉に鍵をかけて若者を隠し、夜になると酒肴(しゅこう)を用意して若者と淫楽にふけった。尼が厳重に若者を隠していたので、このことは誰にも気づかれなかった。
 七日も過ぎると、さすがに若者も命の危険を感じた。そこで、ひそかに塀を乗り越えて逃げ出したのである。若者はすっかりやせ衰え、別人のようになっていた。

 また、永楽年間(1403〜1424)にある尼寺の修繕に入った職人が長押(なげし)の上で奇妙なものを見つけた。
 それは馬のたてがみで織り上げた帽子であった。帽子には水晶を連ねた飾り紐がつけられ、非常に高価なものと思われた。職人が水晶を売りに出したところ、持ち主の家族が現れた。どこで手に入れたのかときかれ、職人は正直に答えた。
 こうして一人の少年が尼寺で淫楽にふけり、命を落としたことが明るみになった。しかし、尼寺中捜しても遺体が見つからない。尼を厳しく尋問したところ、遺体をバラバラにして塀の下に埋めたことを白状した。
 尼は極刑に処され、尼寺は取り壊された。
 宮城の東北の草場がその尼寺の跡だという。

(明『菽園雑記』)