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張 孝 基


 

 昌(きょしょう、現河南省)の張孝基(ちょうこうき)は同郷の富豪の娘を娶った。富豪にはほかに息子が一人いたのだが、放蕩(ほうとう)に身を持ち崩して勘当(かんどう)され、行方知れずとなっていた。
 富豪が亡くなり、莫大な遺産は娘婿の孝基が相続することになった。孝基は慣例どおりに後事を取り仕切った。
 しばらくして、富豪の勘当された息子が戻って来た。すっかり落ちぶれ果てて、今では物乞いをする身となっていた。孝基は息子を呼び寄せてたずねた。
「畑仕事はできますかな?」
 息子は答えた。
「畑仕事をして食べさせていただければ、十分です」
 実際に庭仕事をさせてみると、なかなかよく働く。孝基は再び息子を呼び寄せてたずねた。
「倉庫の管理はできますかな?」
 息子は答えた。
「庭仕事をさせてもらえるだけでもありがたいのに、倉庫の管理をさせていただけるとは。幸いといわずして何といいましょう」
 いざ倉庫の管理を始めると、息子は真面目に仕事に取り組み、一物もごまかさなかった。
 孝基は息子がすっかり心を入れ替え、また財産を守る能力を持っていることを知ると、岳父(がくふ)の遺産をすべて譲った。父の遺産を相続した息子は家業に専心し、地元の名士となった。ほどなくして孝基は亡くなった。

 友人達が嵩山(すうざん、現河南省)へ登った時のことである。突然、旗指物(はたさしもの)が地を覆ったかと思うと、にぎにぎしい行列が現れ た。まるでどこかの長官か大臣の行列のように思われた。ひときわ立派な馬車に乗っている人を見れば、孝基であった。
 友人達は思わぬ再会に喜び、馬車の前に進み出た。
「一体、これはどうしたことでしょう?」
「上帝は私が岳父の遺産を正統な相続者に返したことを嘉(よみ)されて、この山を司るよう命じられたのです」
 孝基が答え終わると、たちまちその姿は見えなくなった。

(宋『泊宅編』)