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重陽の約束(二)


 

 の秀才が自ら身の上を打ち明けるには、楚州(注:現江蘇省)山陽の人で、范式、字を巨卿(きょけい)といい、年は四十であった。商いを家業としており、すでに両親はなく、妻と子供が留守を預かっているとのこと。劭と同様、帝の選に応じて洛陽を目指す途中、流行り病に倒れたのであった。
 巨卿が回復した時には、すでに選の期日は過ぎていた。巨卿は嘆いた。
「私の病のために、あなたまで天下に功名を得る機会を逃してしまった。どうお詫びをすればよいのやら」
 劭は言った。
「男たるものが重んじるのは信義です。功名富貴が何でしょう。もう済んでしまったことですから、嘆く必要もありますまい。ここはゆっくり養生につとめることが肝要(かんよう)です」
 巨卿は劭の骨肉にも劣らない真心に感じ入り、心中、このような人と生涯の友になれたら、と望んだ。劭の方でも巨卿の清らかな姿と穏やかな挙措(きょそ)を慕わしく思っていた。日夜親しく書物のことなどを語り合うちに、ますます互いに敬慕しあうようになり、義兄弟の契りを結ぶことにした。巨卿が五歳年長なので義兄となった。

 気がつけば半年が過ぎていた。
 巨卿の病もすっかり癒え、家族のもとへ帰ることになった。劭が宿代を清算し、二人連れ立って帰途についた。数日後、汝州と楚州への分かれ道についた。劭が楚州まで送って行こうとするのを巨卿はとどめて言った。
「弟よ、そうなったら、今度は私が汝州まで送り届けなければならなくなるではないか。ここで別れて、再会を約束するのか一番よいだろう」
 二人は街道筋の酒屋に入って別れの盃を交わすことにした。見れば秋の日差しの中、山は色づき、垣根には菊が香り高く花開いている。この秋景色がいやでも興を添えた。交わす盃に茱萸(かわはじかみ)が浮かべられているので、主人にその理由をたずねると、
「今日は重陽(ちょうよう)の佳節でございます」
 とのこと。二人は月日の流れの早さを改めて感じた。
 巨卿が言った。
「私は早くに両親をなくし、家業を継がざるを得なかった。学問の道を諦めきれないのだが、しかし、妻や子供を養わねばならないので、どうしようもない。君にはお母上がご健在だ。君のお母上は私の母も同様、きっと来年の今日、お母上にご挨拶に伺うよ。両家のよしみをいっそう深いものにしようではないか」
 劭は喜んだ。
「我が家は田舎住まい、これといった珍酒佳肴(ちんしゅかこう)はありませんが、心からのおもてなしをいたします。兄上、くれぐれも約束の日をお忘れなく」
「弟との約束を破ることなどあるものか」
 そして二人はさらに酒を数杯飲み干して、別れることにした。劭は巨卿の姿が見えなくなるまでその場を立ち去らず、巨卿の方でも何度も振り返っては涙を落としたのであった。

 

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