重陽の約束(六)


 

 は大声で呼ばわった。
「おたずねもうす。こちらは范巨卿殿の弔いではありませぬか」
 婦人ははっとして涙に濡れた顔を上げた。
「あなたは汝州の張元伯様では?」
 こう問いかけられて劭は驚いた。
「どうして私の名を」
 婦人は言った。
「主人からあなた様のことはよく聞いております。先の重陽の佳節に、主人は突然顔色を変えてこう申しました。
『元伯との約束を破って、おめおめ生きていられようか。私は死んでも約束を守らなければならない。私は汝州へ行くために死ぬが、元伯が来るまでは葬るのを待ってほしい』
 しかし、今日で二七も過ぎ、周囲にもいつ来るかわからない人を待つなら、葬ってから知らせても遅くはない、と勧められて、埋葬することにしたのです。柩をここまで運び、墓穴も掘り、いざ埋めようとしたところ、どうしたことでしょう、柩がびくとも動かなくなってしまいました。それで、塚の前で立ち往生しているわけです。遠方の元伯様がこんなに早く到着なされようとは思いもよりませんでした」
 劭は柩の前に倒れ伏して泣き、巨卿の妻も泣いた。見守っていた人々も涙を落とした。
 劭は嚢中(のうちゅう)から銭を取り出すと供物を買い入れ、柩の前に並べた。そして、祭文を読み、酒を注いで拝礼した。
「兄上、お約束通り、お見送りさせていただきます」
 柩の蓋が開けられ、劭は巨卿の遺骸と対面を果たした。劭はしばらくの間、むせび泣いていたが、巨卿の妻を振り返って言った。
「兄が弟のために死んだというのに、弟が生を貪ることができましょうか。姉上、お願いでございます。劭が死した後は兄上の傍らに葬って下さい。嚢中にわずかながら柩を整えるくらいの銭は残っておりますから」
 巨卿の妻はこの言葉の意味をはかりかねた。
「どうしてそのような不吉なことをおっしゃるのです?」
「私の心は決まっております。私の心はこうです!」
 そう言い終わるやいなや、劭は刀を抜いて自ら首を刎ねた。

 集まった人々は、その信義の篤さに感じ、巨卿の傍らに劭を丁重に葬った。

(明『喩世明言』)


 ※上田秋成はこの話を下敷きに『雨月物語』「菊花の約」を書きました。范巨卿と張劭の友愛には原型があります。最も古いものには三国呉の謝承の『後漢書』がありますが、すでに散逸しており、諸書に断片的な記述が引用されているだけです。二人の友情は『捜神記』に収録され、范巨卿の伝は正史の『後漢書』にも載っております。こちらに『捜神記』版を載せてありますので、読み比べてみてください。

 

戻る