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同 穴


 

 州(現河南省)比陽県に王八郎という豪商がいた。毎年、江淮(こうわい、現在の江蘇省から安徽省にかけての一帯)へ商いに出かけていたが、そこで一人の妓女とねんごろになった。こうなると、八郎は長らく連れ添った妻がうとましくなり、帰宅するたびに妻を追い出そうと謀った。
 妻は八郎との間に四女をもうけていた。三女はすでに嫁いでいたが、末の娘はまだ幼く、母親を必要としていた。妻はあえて争うようなことはせず、恭しい態度で八郎に言った。
「私があなたのもとに嫁いで二十数年になります。娘達も嫁ぎ、孫もおります。今さら私にどこへ行けというのです?」
 妻の言葉に気分を害した八郎はそのまま江淮へ行ってしまった。そして、妓女を連れて戻ると、自宅近くの旅籠に住まわせた。
 妻は八郎が出て行ってからというもの、少しずつ家財を売り払ったり、質入れしたりして換金し、その金をすべて自分の衣裳箱にしまい込んだ。
 久しぶりに八郎が帰宅すると、家の中が空っぽになっている。彼は妻を叱り飛ばした。
「何だ、このざまは!オレへのあてつけか?もう我慢ならん。出て行け、もうお前の顔なんて見たくもない!」
 妻は今までとは打って変わった態度で、
「それならお上の裁定を仰ごうじゃないの」
 と言うや、八郎の袂をつかんで県の役所へ引きずっていった。県令は八郎と妻の離婚を許可し、資産は折半にするよう命じた。八郎が末娘の親権を主張すると、妻は訴えた。
「それだけはお許し下さい。夫は妓女と一緒になりたさに私を捨てたのです。そんなところへ引き取られたら、あの子の行く末はどうなるでしょう」
 県令はこの主張を受け入れ、末娘は妻のもとで養育させることにした。
 妻は八郎との離婚が成立すると、末娘を連れてよその村へ引っ越した。そこで、陶器を商う小さな店を開いた。
 ある日、偶然、八郎が店の前を通りかかった。何となく懐かしさを憶え、声をかけてみた。
「こんなものを売ったってそれほど儲かるまい。ほかに商売替えする気はないのか?」
 すると、妻は、
「あなたとはもう他人ですよ。うちのことに口出ししないでちょうだい」
 と言って、八郎を追い払った。
 以来、八郎は二度と妻の店の前を通らなかった。

 末娘が成人し、方城の田氏に嫁ぐこととなった。妻はすでに十万貫もの蓄えを作っており、末娘のために豪勢な嫁入り支度をした。
 八郎は妓女と一緒に暮らした後、淮南(わいなん)で客死した。
 数年後、妻も亡くなった。末娘は父親が他郷で客死して遺骨がそのままになっていることを常に忘れていなかった。そこで、人を淮南へやって八郎の遺骨を引き取ると、母と合葬することにした。亡骸(なきがら)を洗い清め、新しい衣を着せて一つ寝台に並べて安置した。夜伽の者がちょっと居眠りをしている間に、二つの亡骸は東西に背を向けていた。偶然、振動か何かで動いたのだろうと思い、元通り並べ直した。しばらくすると、またもや背を向けていた。

 夫婦の憎み合う感情はその死後も消えなかったのである。憎み合ってはいたが、死後は同穴(どうけつ、一つ墓に葬られること)することとなった。

(宋『夷堅志』)