Make your own free website on Tripod.com

 

道楽


 

 州(現江蘇省)の督同将軍の梁公は辞職して郷里に戻ってからというもの、毎日、碁盤や酒を携えて物見遊山に明け暮れていた。
 重陽の九月九日、習わしどおり厄払いのために高い所に登った梁公は、客を相手に碁を打っていた。ふと気がつくと、男が一人、碁盤のそばをウロウロしている。対局の行方が気になって、立ち去ろうにも立ち去れないようである。
 貧相な顔つきで、ぼろをまとっているのだが、物腰はいたって穏やかで、尾羽うち枯らした読書人といった風情であった。梁公が席を勧めると、遠慮しながら腰を下ろした。
 梁公は碁盤を指して言った。
「お見受けしたところ、これがお好きなようですね。私の連れと一局いかがです?」
 男は再三固辞したが、勧められるままに碁を打ち始めた。始めは男の方が優勢であったが、終わってみると負けていた。すると、男は顔を真っ赤にして叫んだ。
「も、もう一局!」
 打ち終わると、またもや男の負けであった。
「も、も、もう一局!」
 先ほどの穏やかな物腰はどこへやら。注がれた酒に見向きもせず、ただ碁盤にかじりついてひたすら打ち続けた。朝から日暮れまで、相手に小用に立つ間も与えず打ち続けた。
 その時、突然、何かにおびえたように男は立ち上がった。顔色は真っ青であった。あたりを憚(はばか)るように見回していたが、梁公の前にガバッとひれ伏し、額を地面に打ちつけて救いを乞い始めた。
 梁公はわけがわからず、彼を助け起こした。
「たかが遊びでしょう。一体、何の真似です?」
 すると男は、
「お願いでございます。馬丁に小生の首を縛らないようお命じ下さいませ」
 と懇願した。ますますわけのわからない梁公が、
「はて、馬丁とは誰のことです?」
 とたずねると、
「馬成殿です」
 とのこと。梁公の家では確かに馬成という馬丁を召し使っていた。この馬成、実は「走無常」で、十数日に一度生きながらにして冥府へ行き、あの世の召し捕り状を受け取って死すべき人を拘引(こういん)する役目についていた。
 梁公は急いで人を遣わして馬成の様子を見に行かせた。すると、眠り込んで三日になるという。
「何だと!寝ていても起きていても構わん。無礼を働くな、と申しつけよ」
 梁公が使いの者に命じていると、男の姿は地面に吸い込まれるように見えなくなった。ようやく男が幽鬼であることに気づいた。

 翌日、馬成が目覚めたので、梁公は呼び寄せて事情を問いただした。
「彼は襄陽(じょうよう、現湖北省)の人です。碁に熱中したあまり、財産を使い果たしてしまいました。父親が心配して書斎に閉じ込めても、 こっそり抜け出しては碁を打つという有様。父親にどんなに叱られようと、罵られようと、どうしても碁をやめようとせず、結局、父親は憤りのあまり亡くなりました。閻魔様は男の行状のためにその寿命を削り、罰として餓鬼地獄に落としました。もう七年になります。このたび東嶽(とうがく)の鳳楼が落成し、各冥府の亡者の中から読書人を選んで碑文を作らせることになりました。それで、うちの閻魔様はあの男を餓鬼地獄から出して、文章を作ることで罪を償わせようとしました。ところが、途中、寄り道をしたために期日に遅れてしまったのですよ。このことを東嶽からの抗議で知った閻魔様はすっかりお怒りになって、それがしに召し捕るよう命じたのです。これでも、旦那様のご命令がありますから、まだ縄を打ってはおりません」
「これからどうするのだ?」
「冥府の牢役人に引き渡すことになっております」
「その後は?」
「おそらく永遠に生まれ変わることは無理でしょう」
 馬成の話を聞いた梁公はうなった。
「道楽で身を滅ぼすと言うが、これほどまでとはなあ」

(清『聊斎志異』)