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河 豚


 

 寧年間(1102〜1106)のことである。
 ある名士が姑蘇(現在の蘇州付近)を通りかかった折、当地の将軍が河豚をごちそうしてくれるという。河豚(ふぐ)と聞いて名士は震え上がった。そこで、出かける際、家族に向かって言い聞かせた。
「河豚には猛毒があり、あたれば必ず死ぬという。行きたくないのが本音だが、将軍の権勢は非常に大きい。また、好意から誘ってくれているのだか ら、断ることはできない。聞くところによれば、河豚の毒には人の糞汁(ふんじゅう)が効くそうだ。もしも万一のことがあれば、頼むぞ。くれぐれも忘れるでないぞ」
 そう言い残すと、悲壮な面持ちで出かけていった。
「いやあ、申し訳ない」
 将軍は名士を迎えるなり詫びの言葉を述べた。
「今日は河豚が手に入りませなんだ。ごちそうするなどと言っておいて、いやはや面目ない。その分、たくさん飲んでいって下さい」
 名士は河豚が食卓に上らないことを知ると、一挙に緊張が解けるのを感じた。気が楽になった分、大いに盃を重ね、安心して料理を食らった。

   名士は酩酊(めいてい)状態で帰宅した。敷居をまたいだ途端、意識を失って倒れ、したたかに吐いた。家族はてっきり河豚の毒に中ったと思い、慌てて糞汁を水に混ぜて飲ませた。名士が吐くと、また飲ませた。
 こうして一晩中、飲ませたり、吐いたりをくり返して、ようやく名士は意識を取り戻した。
 名士は苦しい息の下から言った。
「今日は河豚が出なかったんだよ…」

(宋『鉄囲山叢談』)