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復 讐


 

 の天宝年間(742〜756)末のことである。
 張某が新任の剣南節度使として蜀(現四川省)に赴任してきた。張は各寺院に命じ、七月十五日の中元節には所蔵の宝物を展示して、人々が自由に参詣できるよう開放させた。当日、城下の人々はこぞって寺院へくり出した。官員の家族も多く寺院を訪れ、着任間もない張は部下にその都度、姓名を告げさせた。
 華陽に李という県尉がいた。その妻は蜀で誰一人知らぬ者のないほどの美女であった。張も李の妻の評判を聞き知っていた。この機会に容貌を拝んでおこうと思ったのだが、いつまで待っても李の妻はやって来ない。不審に思って近所の者に探りを入れると、あまりに美しすぎるため、人の多いところへはめったに出かけないという。張はますます興味をひかれた。
 そこで、蜀の各地から選りすぐった工匠(こうしょう)を集め、その持てる限りの技能を発揮して木製のからくり人形を作らせた。人形の内部には複雑なからくりがあり、さまざまな楽器の音色を出すのである。張はこのからくり人形を開元寺の一院に設置し、三日間、身分を問わず誰でも見物することを許した。そして、三日の後には宮中に献上する、と付け加えた。これもすべては李の妻を外出させるための方便であった。
 人々はこの世紀の出し物を見逃すまいと、百里の彼方から車馬を連ねて開元寺を訪れた。二日が過ぎたが、李の妻は現れなかった。三日目の夜、見物人が引き上げた頃、李の妻が小間使いを連れて轎(かご)で開元寺に乗りつけた。すでに李の妻が家を出た時点で、張のもとには知らせが寄せられていた。張は仏像の中に身を隠し、李の妻が現れるのを待った。
 まず、小間使いが誰もいないのを確認してから、李の妻はようやく轎を下りてからくり人形を見物した。噂に違わぬというよりも、むしろ噂以上の美女である。まさに仙女が天下ったかと思われた。
 李の妻は見物を終えると、そそくさと轎に乗り込み、帰って行った。
 張は一目で心を奪われてしまった。そこで、李の家に出入りしている尼や巫女(みこ)を通じて、何度も李に妻を差し出すよう伝えさせたが、いずれも拒絶された。
 その時、偶然にも李尉の下僕が、主人を収賄の罪で告発した。張は能吏に命じて法に照らして厳しく追求させた。その結果、李は杖で六十打ってから嶺南(れいなん、現広東・広西地域)へ流刑に処せられることとなった。李は嶺南へ行く途中、打たれた傷がもとで亡くなった。

 張は李が死んだことを知ると、その母に手厚い賂を贈って残された妻を引き取りたいと申し出た。李はそもそも愚かで心が狭く、妻はこのような男に嫁いだ身の不幸を嘆いていた。そこへ張から申し出が来たのだから、否やのあろうはずがない。李の妻は張の妾となった。
 張は李の妻を心から愛した。不思議なことに李の妻を身辺に引き取ってから、張はいつも視界の隅にぼんやりと人影を見るようになった。その人影は李と似ていた。
 たびたび術士を呼んでお祓(はら)いをしてもらったが、さっぱり効果はなく、李の影はいつも張に付きまとった。一年あまりして、李の妻はふとした病で亡くなった。

 数年後、張も病床に臥す身となった。この頃から李の姿は日ましに鮮明に見えるようになっていった。
 ある日突然、李の妻が張の前に現れた。生前とまったく変わりのない姿であった。驚く張に李の妻は言った。
「私はあなたのお情に深く感じ入り、ご恩返しに参りました。前の夫が上帝に訴え出て、今年中にあなたのお命を奪う許可を得ました。しかし、あなたにも助けてくれるお方が現れますから、今年いっぱいしのげば危難は去ります。そのお方の助けで、ほどなく李はこの母屋に入ることはできなくなります。もし李があなたを捕らえに来ても、決して外へお出でになってはなりません。あなたは階(きざはし)を下りさえしなければ助かるのです」
 そう言って姿を消した。
 華山に霊験あらたかな護符を書く道士がおり、張のために邸内に祭壇を築いてくれた。道士は李の妻と同様、絶対に階を下りてはならない、と固く戒めた。
 張はその言葉を守って数ヶ月の間、階を一歩も下りなかった。李の妻も時折、張のもとを訪れてはくれぐれも気をつけるよう言った。
「相手はどのような手段を選ぶかわかりませんから」
 ある黄昏時のことであった。張が何気なく母屋の東のはずれに茂る竹林に目をやると、竹の間から紅いものがチラチラ見える。よく見れば、誰かが紅い衣の袖を振って、張に向かって手招きをしていた。
 張は李の妻が来たのだと思った。その瞬間、張は李の妻や道士の言葉を忘れた。引き寄せられるように階を駆け下り、竹林へ向かって走った。気づいた家人が後ろから大声で呼びかけたのだが、張の足を止めることはできなかった。
 張は竹林に飛び込んだ。竹林では李の亡霊が紅い衣をまとって張を待っていた。
 李は張に飛びかかって何度も殴りつけた。
「女の格好でもして誘わなければ、貴様は階を下りなかっただろうよ」
 そして張を引きずって立ち去った。
 家人は張の後を追ったのだが、竹林のそばまで来ると全身しびれたようになってしまった。ただ、ぼんやりと張が李に引きずられていくのを見送った。
 ハッとして竹林に飛び込むと、張が顔中血まみれで倒れている。まだ胸のあたりに温みが残っていたので、急いで邸内に運び込んだが、やがて亡くなった。

(唐『逸史』)