范巨卿と張元伯


 

 陽の范巨卿と汝南の張元伯は友となり、ともに太学(たいがく、注:国立大学)で学んだ。郷里に帰る時に巨卿は元伯に、
「二年後に戻ってくるが、その時には君の家に寄って親御さんにご挨拶するよ。お子さんの顔も見せてもらうから」
 と言って期日を約束した。
 二年後の約束の日が近くなり、元伯は母に事情を述べて迎える用意を始めた。母は、
「二年も前の、しかも千里も離れた相手との約束を真に受けてるのかね」
 とあきれたが、元伯が、
「巨卿は信義の士です。約束を違えるはずはありません」
 と言ったので、母は、
「それなら、酒を用意しておきましょう」
 と答えた。
 約束の日になると、果たして巨卿はやって来て、ともどもに歓を尽くして別れた。

 後に元伯は病気で危篤(きとく)となった。同じ郡の友人達が朝晩見舞ってくれた。元伯は今わの際に嘆いた。
「死友(注:死後まで続く友人)に会えないのが心残りだ」
 友人達が、
「我々も君に精一杯尽くしているではないか。我等が死友でなくて、誰がいるのかね」
 と言うと、元伯はこう答えた。
「君達は生友(注:生きている間の友人)だ。山陽の范巨卿こそ死友なのだ」
 元伯は間もなく亡くなった。
 ある夜、巨卿は元伯の夢を見た。夢の中の元伯は死者の装束をつけていた。
「巨卿どの、私は某日に死んだ。某日に葬られ、永遠に黄泉へ旅立つこととなった。もし私のことを忘れないでいてくれるのなら、葬儀に来てほしい」
 巨卿は夢うつつのまま目覚め、涙を流して悲しんだ。喪服を着け、葬儀に間に合うよう汝南へ急いだ。
 一方、汝南では元伯の葬儀が執り行われていた。墓穴に柩を下ろそうとした時、不思議なことに柩が動かなくなってしまった。母が柩を撫でながら、
「心残りがあるのかえ」
 と言って、柩を止めた。そこへ、白い馬を繋いだ白い車が駆けつけ、泣きながら降りてくる人がある。元伯の母は言った。
「きっと范巨卿どのだわ」
 果たして范巨卿であった。范巨卿は柩を叩いて言った。
「さらば、元伯どの。死生は道を異とする。これで永久にお別れだ」
 千人もの会葬者(かいそうしゃ)は皆、涙を落とした。巨卿が柩の引き綱を引くと、あれほど動かなかった柩が前に進んだ。巨卿は塚の傍らにとどまり、並木を植えて立ち去った。

(六朝『捜神記』)


 ※范巨卿はこの後、更なる善行を積み、順調に出世して、廬江(ろこう)郡太守在任中に亡くなったそうです。