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邪教


 

 南では妖神を祭る邪教が盛んである。人を生け贄にささげて祭るのである。この生け贄にも等級があり、儒生が最上等で僧侶がそれに次ぎ、そのほかは並だという。

 ある儒生が湖南の[林邑]連(ちんれん)を旅していた。日暮れ近くに一人の農夫と出会った。
「どこへ行きなさる?」
 儒生が行き先と道中を急いでいることを告げると、農夫は心配そうな顔をした。
「この先では夜になると旅人が獣に襲われることがよくある。悪いことは言わん。そこの道を入ったところに民家がある。そこで宿を求めなされよ」
 儒生はその言葉に従い、曲がりくねった道に入った。人通りのほとんどない道をしばらく進むと、立派な邸の前に出た。案内を乞うと、主人自ら門外まで迎えに出てきた。何が嬉しいのか主人は満面に笑みを浮かべながら儒生を一室に案内してくれた。室内は美しく飾り付けられ、珍味佳肴(ちんみかこう)が整えられていた。
 その夜、儒生の部屋を訪れる者があった。それは目の覚めるように美しい女であった。主人が夜伽(よとぎ)に遣わした女だろう、と見当をつけた儒生が戯言(ざれごと)で気をひいてみたとると、女の方でもまんざらでもない様子。女は歓を尽くし、明け方前に部屋を出て行った。それから女は毎夜、儒生の部屋に忍んで来た。
 儒生はそのまま邸に居続け、数日が過ぎた。女はいつも通り儒生の部屋へ忍んで来たのだが、あたりをはばかりながらこう告げた。
「この家ではあなたを神の生け贄にするつもりです。早くお逃げになって下さい。私は良家の娘ですが、邪教を奉ずる輩にかどわかされてまいりました。私に夜伽をさせたのは、あなたをここに引き留めるためなのです」
 儒生は仰天した。夜陰に乗じて壁に穴をあけると、女を連れて逃げ出した。夜が明けるまでに四十里(注:一里は約550メートル)を走り、そのまま県の役所に駆け込んだ。
 県では事を重大視し、早速捕り手を派遣して邸の住人を捕らえさせた。
 厳しい取り調べで、これまでに数十人の旅人が生け贄として殺されたことが判明した。儒生に道を教えた農夫も一味であった。邪教を奉ずる一味は極刑に処せられた。

 儒生は邪教集団を壊滅させた功績で官職を授けられた。そして、自分の命を救ってくれた美女を妻に迎えた。

(宋『遁斎閑覧』)