耳 中 人


 

 晋玄(たんしんげん)は導引の術を志し、暑い日も寒い日も修行に励んでいた。その修行が数ヶ月にも及んだ頃、何かが変わったような気がした。
 ある日、座禅を組んで心を静めていると、耳の奥でささやきかける声が聞こえた。
「会ってもよいぞ」
 声はとてもかすかで、まるで蝿の羽音のようであった。ハッとして晋玄が目を開けると、声は聞こえなくなった。目を閉じると、また聞こえてきた。
「会ってもよいぞ」
 晋玄は修行が成った、と思い、喜んだ。
 以来、座禅を組むたびに、声が聞こえた。いつか、このささやきに返事をしよう、そして何が起こるか見きわめてやろう、と心に決めた。

 しばらく経ったある日のことである。またもや耳の奥からささやきかける声が聞こえてきたので、思い切って返事をしてみた。
「会ってもよいぞ」
 その途端、耳の奥でガサガサ音がしたかと思うと、何やら飛び出してきた。晋玄が薄目を開けて見てみると、それは身の丈三寸(当時の一寸は約 3.2センチ)ばかりの小人で、夜叉のように獰猛(どうもう)な顔つきをしていた。
 小人は地上に降り立つと、グルグル回った。晋玄は内心、怪しく思ったが、しばらく精神を集中してその様子を観察した。
 そこへ、いきなり戸口を叩く音が聞こえた。
「譚さん、譚さん、ちょっと物を貸してくれんかね」
 隣人であった。小人はうろたえて部屋の中を駆けめぐった。その姿は巣穴を見失った鼠に似ていた。やがて、晋玄は気が遠くなって昏倒してしまい、小人がどこへ行ったのかはわからずじまいであった。

 晋玄はすっかり精神を患い、始終叫び続けるようになった。半年ほど医者にかかってようやく癒えた。

(清『聊斎志異』)