Make your own free website on Tripod.com

 

人 虎 記


 

 れの名は李徴(りちょう)。出身は隴西(ろうせい、現甘粛省)で、まがりなりにも皇族に連なる身だ。と言っても、今上との関係などたどることもできないほど遠い血筋だがな。だから、誰もおれに敬意など払いはしなかった。
 自分で言うのも何だが、おれは少年の頃から博学だった。殊に文章に長けていた。二十歳で州府の試験に合格した時には、名士の誉れをほしいままに したものだ。
 おれが進士になったのは天宝十年(751)のことだ。あの時のおれは得意の絶頂にあった。誰もがおれの前途は約束されたものと思っていた。しかし、現実は違った。数年後のおれの官位は江南の一県尉にすぎなかった。完全に出世街道から外れていた。
 これはおれの性格にも関係したものだと思っている。おれはいささか偏屈で、自分の才能を鼻にかける傾向があった。それで上司にも疎(うと)まれ、同僚にも煙たがられたらしい。おれはおれなりに皆に溶け込もうとしたものだがな。同僚が飲むと言う時には付き合いもした。
「これでおれも君達のお仲間に入れてもらえたのかな」
 自分ではお愛想のつもりで言ったのだが、あいつらには嫌味に聞こえたようで、皆いやな顔をしていた。

 結局、おれは職を辞し、家族の待つカク略(現河南省)に戻った。人との付き合いを一切断って、好きなことだけをすることにした。
 しかし、この快適な生活は一年くらいしか続かなかった。先立つものがなくなったのだ。おれ一人ならまだしも、何分、養わなければならない家族がいた。結局、貧乏には勝てず、仕方なく呉楚(現江蘇・浙江省)へつてを頼って行くことにした。
 幸い、おれの文名はこの地方ではまだ通用したから、役人達はこぞって歓待してくれた。詩の一首か二首もひねり出してやれば、あいつらはまるで天子様のご勅書にでも接したかのように喜びやがる。その実、どこがよいのかなんてわかっていやしないのだ。天宝十年の進士が書いた詩というのがあいつらにとっての価値なのさ。何て俗物だ、救いようもない愚物だ。しかし、この愚物たちはおれよりも出世し、家族もいい暮らしをしているのだ。考えれば、どちらが愚物なのかわからくなってくる……。
 この愚物達と接するたびに、おれの嚢中(のうちゅう)は満たされていった。一年も経つと、しばらくの暮らしには困らないほどのものが集められた。おれと家族の暮らしを支えるのは愚物から巻き上げたものなのだ。愚物がいるからおれは生きられるのだ。何てありがたいことだ。愚物の施しを持ってカク略に帰ることにした。

 思えば、この頃、おれは少しおかしくなっていたようだ。わけもなくいら立っては従者を鞭打った。そして、とうとう運命の晩が来たのだ。

 あれは汝水(じょすい)のほとりに泊まった晩のことだ。とても恐ろしい夢を見た。その内容は今となっては思い出すこともできないが、あまりの恐ろしさにおれは飛び起きた。
 その時、外でおれの名を呼ぶ声が聞こえた。その声は初めて聞くようでもあり、懐かしいような気もする。外へ出てみると、漆黒の闇が広がっていた。声はその闇の中から聞こえるのだ。おれはその声に吸い寄せられるように走り出した。
 声は近くなったり、遠くなったりした。おれはその声を追って飛ぶように走った。山を越え、谷を渡り、どのくらい走ったことだろう。二本の足だけではもどかしく、気がつけば四つん這いになって走っていた。何も恐いものがなくなり、体中に力がみなぎった。風を切って走ると、全身の毛がそよいだ。
 全身の毛……そう、おれの体を斑(まだら)色の毛が覆っていたのだ。慌てて谷川に己が姿を映してみれば、そこには一頭の虎がいた。

 おれは、おれは虎になってしまったのだ。

 おれが一体何をしたというのだ。どうして虎にならねばならないのか。おれは慟哭(どうこく)した。こんな姿で生きていけるものか。おれは人間だ。

 しばらくの間、おれは姿を隠していた。空腹に襲われても、獣を獲って食らうには忍びなかった。もしかしたら、ひょんなことで人間に戻れるかもしれない。そう思って我慢した。
 それも長くは続かなかった。飢えの前におれはとうとう膝を屈した。貧乏に勝てず、呉楚へ出稼ぎに行ったのと同じだ。おれは山中の鹿や猪、兎を獲って飢えを満たした。こういう生活も存外いいものだ。兎になっていたらそうは思わなかっただろう。今のおれは虎だ。虎の前にかなう獣などありはしない。
 やがて、獣はおれを恐れて遠くへ逃げ去り、獲物がなくなった。おれは再び飢えに苦しむ身となった。
 ある日、女が一人、山の麓を通りかかった。飢えたおれの目に、女は実にうまそうに見えた。しかし、食うのはためらわれた。不幸にして虎の姿になってしまったが、おれは人間だ。人を食ってよいものか?だが、食わなければおれは死ぬだろう。もう少しで女の姿が見えなくなるという時、おれの中で何かがはじけた。
 気がつけば女は血まみれで倒れていた。おれは生温かい肉を貪り食った。あんなにうまいものは初めてだ。鹿や猪などとはくらべものにならない。女の髪飾りはまだ岩の下に残っているはずだ。さすがに髪飾りは食えんからな。
 以来、おれはもっぱら人を襲っては食らった。貴賎老少を問わず、人の姿を見かければ襲って食った。
 これだけあさましい所業を繰り返しながら、家族のことを思い、数少ない友のことを懐かしむこともあった。そんな時には己が姿や所業のあさましさにいたたまれなさを感じた。

 おれが何をした。天にもとる行いがあったとでもいうのか。

 後で知ったことだが、おれはあの晩、発狂して宿を飛び出したまま行方不明になったことにされているらしい。また、呉楚への出稼ぎで得たいくばくかの蓄えも従者に持ち逃げされたという。

 虎と化した翌年、思いがけず友と再会した。
 陳郡(現河南省)の袁[イ參](えんさん)という男で、数少ない友の一人だ。同じ年に進士に合格し、人嫌いのおれとなぜか馬が合って親しくしていた。
 たいそうな行列を見かけて襲いかかってみれば、袁[イ參]だったから驚いた。慌てて草むらに身を隠した。いくらおれがあさましい身に成り果てても、友の肉を食うことなんてできない。
 もう少しで友を傷つけるところだった。
 思わず声に出してそうつぶやいたのを袁[イ參]が聞きつけたんだな。
「その声は隴西の李君じゃないか?」
 この言葉を聞いた途端、思わず涙があふれた。袁[イ參]と最後に会ったのはいつのことだろう。互いに仕官してからは離れ離れで会うこともなかったのに、おれの声を憶えていてくれたんだ。声を聞いただけでおれだとわかってくれたんだ。
 その友をおれは危うく食うところだった。この時ほど、我が身を情けなく思ったことはない。この場から逃げ出そうかとも思ったが、あのことを頼めるのは袁[イ參]だけだ。彼なら信用できる。
 そうだ、おれは隴西の李徴だ。しばらくここに足を止めておれと話をしていってくれまいか。
 そう頼むと、袁[イ參]は馬から下りて草むらに近づいてきた。
「李君、まさかここで君と会えるとは。どうしてここにいるんだい」
 お願いだ、これ以上近づかないでくれ。おれは草むらの中でそう念じた。
 君こそ、どうしているんだい?立派な行列だけど、どこへ行くのかね。まるで御史閣下のようじゃないか。
 袁[イ參]は笑って足を止めた。
「幸運にもね」
 袁[イ參]は今では監察御史となり、勅命を奉じて嶺南(現広東・広西地区)へ赴く途中、ここを通りかかったそうだ。駅吏が人食い虎が出るからと止めるのもきかず、急ぎの用とて朝早くに出立しておれとばったり出会ったわけだ。
 役人には俗悪な輩が多く、どうしてこんなやつが高位にあるのかと首をひねりたくなることも多々あったが、袁[イ參]が監察御史となったことだけは納得できた。おれは率直に祝いの言葉を述べた。
 袁[イ參]は言った。
「僕と君とは共に進士となった仲だ。ほかの友よりも君とは親しくしていたつもりだよ。別れてから時間だけがいたずらに過ぎたけど、君のことを忘れたことはないよ。それが、まさかこんなところで会えるとは思いもしなかったよ。どうしてそんなところに隠れているんだい?水臭いなあ、出ておいでよ」
 そう言いながらますます草むらに近づいてくる。おれは身をすくめた。それはできないことなんだ。今のおれはあさましい異類の姿をしているんだ。もしもおれの姿を見たら、懐かしさなんて吹き飛んで、嫌悪と恐怖しか感じないだろう。
 実は、おれは獣に成り果ててしまったんだ。だから、君の前に姿を現すことができないんだ。
 おれがそう告げても、袁[イ參]は顔色一つ変えなかった。
「どんな姿をしていようが、君が僕の友であることには変わりはないよ。一体、君の身に何が起きたのかい。よかったら聞かせてくれ」
 君はまだおれを友と呼んでくれるのか。あさましい姿に変わり果てたおれのことを。袁[イ參]、おれの友よ。
 おれは一年前のある夜、突然虎と化してからのことを包み隠さず語って聞かせた。人食い虎と化したおれの話に袁[イ參]はじっと耳を傾けた。
 ああ、何てことだ。袁[イ參]よ、君とおれとは同年の進士で親しき友だった。今の君は勅命を受ける身となり、その勢いはまるで旭日のようだ。それにひきかえ、おれはどうだ。山野にあさましい姿を隠し、永遠に人の世に戻ることもできない。躍り上がって天に叫び、伏して地に泣いたとて、おれの体は元に戻りはしない。人間として生まれ、獣として死ぬ。これが運命というものなのか。

 すべて語り終えたおれはこらえきれなくなって嗚咽(おえつ)した。
「君は獣となりながら、どうして人語を操ることができるのか」
 不思議なことに体こそ獣になりながら、心はまだ人間のままなのだ。だからこそ、思いがけず君と再会しておれはうろたえもした。あさましい姿を恥じもした。己が所行を恐れもしたのだ。この苦しみはとうてい一言では言い尽くせない。
 実は頼みがあるのだ。
 そう言うと、袁[イ參]は心安く引き受けてくれた。頼みというのはほかでもないカク略に残してきた家族のことだ。まさか、おれが獣になっていようなどとは思いもしないだろう。汝水のほとりで蒸発したと思っているはずだ。お願いだ、妻にはおれが旅先で死んだと伝えてくれ。決して今日見たことは言わないでくれ、頼む。
 また、おれには財産がない。出稼ぎで蓄えたものも従者に持ち逃げされた。息子がいるにはいるが、まだ幼い。君が義理に篤いことはよく知っている。おれとの付き合いを思って、路頭に迷わないよう援助してやってくれまいか。こればかりは君にしか頼めないことなのだ。他のやつには頼めないのだ。
「僕と君とは喜びも悲しみも共にした仲だ。君の子供は僕の子供でもあるよ。君の家族の世話は僕がするから安心したまえ」
 袁[イ參]も泣いていた。袁[イ參]よ、ありがとう。君の友情に感謝する。ついてはもう一つ頼みがある。
 おれは以前、文章を数十篇ものしたことがあるが、まだ世間に伝わっていない。遺稿ももう散逸しているだろう。それでもいくつかはまだ憶えている。申し訳ないが、おれに代わって書き取って残してはくれまいか。文人を気取ろうというのではない。子孫に伝えてほしいのだ。先祖は出世こそしなかったが、これだけの文章を書き残した。それだけ伝わればよいのだ。
 おれが文章を暗誦すると、袁[イ參]の部下が書き取った。全部で二十篇ほどだったろう。この二十篇の文章が、李徴という人間がこの世に存在したという証になるのだ。

 別れ際に袁[イ參]に嶺南から戻る時は決してここを通らないよう忠告しておいた。次に会った時にはもう友のことも見分けられなくなっているかもしれない。ただの肉にしか見えないかもしれない。お願いだ、おれに友を食うという罪を犯させないでくれ。

 以来、彼とは顔を合わせていない。おれの忠告を守ってくれたようだ。

 あれからどれくらい経っただろう。おれは相変わらず人を襲っては食っている。それでも、時折、人の心に立ち返って昔のことを思い出す。かつては人間だったことを忘れないために思い出す。
 しかし、体の変化は心にも微妙な影響を与えているようだ。近頃では人間だった時のことをよく思い出せない。虎になってからのことばかり思い出される。やがては心まで完全に虎になってしまうのだろう。その日も遠くはなさそうだ。
 一体、おれが何をしたというのだ?これがおれの運命なのか?

 おれは今日も自分が人間だった時のことを振り返る。おれが人間だったことを忘れないために。おれの名は李徴(りちょう)、出身は隴西で……。

(唐『宣室志』)