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怪 風


 

 州(現甘粛省)の大靖営に松山という駐屯地がある。砂漠の中の古戦場であった。

 游撃の塔思哈(タスハ)が三十五騎を率いてここを通りかかった。日はすでに西に傾き、目に入るすべてのものが黄色く見えた。
 突然、前方に山が一つ現れた。高さは数千仞(じん)もあろうか。色は青紫で、無数の火の粉がチラチラと光り、夕暮れの太陽を覆い隠すように動いていた。すさまじい轟音(ごうおん)が耳をつんざいた。馬は脅えていななき、塔思哈達は恐怖のあまり青ざめた。
「あの山はこちらに向かって来るぞ!」
 塔思哈は叫んだ。その時、山はすでにかなり近くまで迫っており、逃れようはなかった。一行は馬を下りて地に伏せ、じっと目を閉じて通り過ぎるのを待つことにした。地面が大きく揺れ、辺りは真っ暗になった。ものすごい風に馬は吹き倒され、皆は吹き飛ばされないよう、互いにしっかりしがみついた。大風に翻弄されてどのくらい経った頃であろうか、気がつけば静かになっていた。
「おおい、大丈夫か」
 誰かが呼びかける声に、あちこちから答える声があった。
 幸いに皆、無事であった。ただ、すべて帽子を吹き飛ばされ、顔中血だらけになっている。頬や額には砂利が半寸ほども食い込んでいた。抉(えぐ)り出してみると大きなもので豆ほど、小さいものでも山椒ほどもあった。この時になって、ようやく痛みを感じた。
 大靖営に馳せ戻ることにした。山はすでに数千里もの彼方に遠ざかっていた。
 日が暮れてから、大靖営に帰り着いた。上司である参将の馬成龍は塔思哈達が血まみれで戻ってきたものだから、驚いてわけをたずねた。
 塔思哈が自分達の遭遇したことを話して聞かせると、馬成龍は笑い出した。
「もしも山が動いたのなら、君達は誰一人助からなかったさ。多分、つむじ風だな。秋になると起こるんだよ。冬は特にひどい。今は真冬だから、特大のに出くわしたというわけだ。それにしても、皆、すっかり面相が変わってしまって、これじゃあ名簿を作り変えなければ」
 このことがあってから、塔思哈は人間生きている限り、いつ、いかなる災難に見舞われるかわからない、と悟った。そして、常に前線で敵を破り、たびたび危険な作戦に参加した。今は五十歳になっているが、あれほどすさまじいつむじ風に出遭ったこともなければ、その話を聞くこともなかった。

 歴戦の勇士塔思哈の顔には無数の傷跡が残されている。特にこめかみと左の頬に大きな傷があるが、これはあのつむじ風で砂利が食い込んだものだという。

(清『夜譚随録』)