菊花(中編)


 

 とそこにはものすごい人だかりができていた。皆、菊を買いに来ているのである。それぞれ買い求めた菊を車に載せたり、肩に担いだりしてひっきりなしに行き交っていた。その菊はどれも珍しい種類で、さすがの子才もまだ見たことのないものばかりであった。
 陶青年はこれだけの珍種を持ちながら、今まで隠していたのである。あんなによくしてやったのに…。
「何たる俗物!」
 すべては金のためかと思うと、子才は腹立たしさがこみ上げてきた。
「二度と口なんてきくものか!!」
 そう決意した。

 それから二日たち、三日がたった。
 最初の決意はどこへやら、子才は陶青年の持つ菊の珍種が気になって仕方がなくなっていた。そこで、訪ねてみることにした。といっても庭を横切るだけだったのだが。
 陶青年の方は何の屈託も見せず、以前と同様に子才を迎え入れた。見れば離れの周囲は一面の菊畑になっており、それこそ足の踏み場もないほどであった。どれも珍しく美しいものばかりであったが、よくよく見ると自分が以前、抜き捨てたものであった。
 陶青年は酒の用意をすると、菊畑の隣に席を設けて言った。
「僕は貧しさゆえに、清貧を守ることができませんでした。しかし、幸い菊が売れてわずかながら蓄えもでき、こうして盃を献じることもできるようになりました」
 こうして菊を眺めながら、ちびりちびりと酒を飲み始めたのだが、その時、離れから、
「三郎」
 と呼ぶ声が聞こえた。陶青年は返事をして離れの中へ戻っていった。間もなく料理が並べられたのだが、どれも工夫をこらしたうまいものばかりで あった。
「君のお姉さんは何でまだ結婚なさらないんです?」
 子才は以前から気になっていたことを口にしてみた。すると、陶青年が答えるには、
「まだ時期が来ないんですよ」
「時期って?」
「四十三ヵ月後です」
「それはどういうことです?」
 なおも問いかける子才に、陶青年は笑って見せるだけであった。その話はこれまでとなり、二人は菊と黄英の心づくしの料理を肴に心行くまで酒を酌み交わした。
 その翌日、子才が再び陶青年のもとを訪れると、昨日植えたばかりの菊がもう一尺余りも伸びていた。不思議に思った子才は特別な栽培法があるのなら教えてくれ、と懇願した。すると、陶青年は笑って、
「これは口で教えられることではないんですよ。まあ、あなたは暮らしのために菊を作っているわけではないのですから、必要ないでしょう」
 と教えてくれなかった。
 数日もたって菊を求める客足が減ると、陶青年はむしろで菊を包み、車に載せて出かけていった。年末になっても戻らず、年を越し、春も半ばを過ぎた頃、ひょっこり戻ってきた。その車には南方の珍しい菊が満載されていた。陶青年が街中に花屋を開いてこの菊を並べたところ、十日ほどで売り切れてしまった。それからまた、菊作りに専念するようになった。
 以前、陶青年から菊を買った人は、その後もしばしば菊を買いに訪れた。子才が聞いたところによれば、陶青年の菊は根を残しておいて年を越させるとごく平凡な花しか咲かせなくなるので、また買いに来るのだそうである。
 こういうわけで、陶青年の暮らし振りは日ましに豊かになっていった。一年目には家を増築し、二年目には改築したのだが、家主である子才には何の相談もなかった。こうして家屋が段々に菊畑を侵蝕していくと、陶青年は新たに外に一区画の畑を購入し、四方を土手で囲んで菊を植えた。
 秋になると、陶青年はまた菊を車に積んで出かけていった。今回は翌年の春になっても戻ってこなかった。
 やがて、子才の妻の呂氏がふとした病がもとで身まかった。子才は黄英を後添いにと望んだ。そして、人づてに自分の気持ちを伝えさせたところ、黄英は微笑んでまんざらでもない様子であったらしい。ただ、陶青年が戻らないとどうにもならないので、その帰りが待たれた。しかし、一年たっても陶青年は戻ってこなかった。
 黄英は弟のことを気にかける風もなく、下男を使って菊作りを続けたのだが、その方法は弟と同じであった。段々に商売を広げ、村はずれに二十頃(注:当時の一頃は約614a)の良田を買い入れるまでになった。それにつれ、家屋敷もますます立派なものになっていった。

 ある日、広東からの客が子才のもとを訪れ、陶青年の手紙を届けてきた。それには姉の黄英を後添いにもらってほしいと書いてあった。手紙の日付を指折り数えてみると、菊畑の隣で酒を飲んだ日からちょうど四十三ヶ月目に当っていた。

 

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