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菊花(後編)


 

 英を後添いに娶ったといっても、実際には子才が入り婿になったようなものであった。
 初め、黄英は子才を新たにその屋敷に隣接して建てた屋敷に住まわせようした。しかし、これには子才が承知しなかった。そこで黄英は屋敷の間に通路を作って、毎日、陶家の使用人を監督しに行くことにした。だからといって子才の気持ちがおさまったわけではなかった。
 彼は妻の方が金持ちであるのに引け目を感じ、陶家の物と馬家の物を区別する帳簿を作って管理しようとした。そうしないと男の沽券(こけん)にかかわるような気がしたのである。しかし、いつの間にかごっちゃになって、気がつけば身の回りの物はすべて陶家の物で占められているのであった。
 このことは子才を煩わせたが、黄英はまったく気にかけていない様子で、
「頑固ねえ、少し気にしすぎじゃないかしら」
 この言葉にハッとした子才はもうあまり気にかけないことにし、一切、黄英にまかせることにした。
 すると黄英は大規模な改築工事を始めて、陶家と馬家を棟続きにしてしまった。この頃には黄英は子才の意見を入れて、菊を売ることをやめていた のだが、それでも代々の金持ちに劣らない生活を維持していた。
「三十年というもの清貧を旨に生活してきたのに、お前のために余計な気苦 労をさせられる。女房に食べさせてもらってるんだから、男としての面子も何もないよ。ああ、こんなことなら以前の貧乏暮らしの方がよほどましだなあ」
 こうぼやく子才に黄英は、
「私は何も欲張っているのではなくてよ。ただね、世間では菊愛好家は陶淵明の昔から貧乏だなんて失礼なことを言っているでしょう。まるで菊が貧乏神みたいじゃないの。だから、陶淵明さんの名誉のためにも、菊の名誉のためにもこうして蓄えを作っただけなのです。まあ、貧乏人が金持ちになるのは大変ですが、金持ちが貧乏になるのはわけもないこと。私のお金は好きなように使ってちょうだい。ちっとも惜しくなんてないわ」
 と気前のよいことを言った。しかし、子才がなおも、
「そう言われてもなあ…」
 と納得しない様子でいると、黄英は、
「あなたは金持ちでいたくない、私は私で貧乏はいや、これじゃあどうしようもないわ。仕方がないわ、別居しましょう。清いものは清いままで、濁ったものは濁ったままの方がいいのではなくって?」
 と決めてしまった。こうして子才は庭の一角に建てた茅葺の離れで、美しい婢女(はしため)にかしづかれて暮らすことになった。
 初めは子才もこの生活にホッとしたのだが、数日もすると黄英が恋しくてたまらない。好きだからこそ後添いに娶ったのである。そこで呼びにやるのだが、黄英が来ないので、結局自分の方から出向くしかなかった。
 そうこうするうちに夜は黄英のもとに泊まり、朝には離れに戻るようになった。黄英は子才を笑った。
「とんだ清貧ね。食事はあちらで、寝るのはこちらだなんて」
 子才も笑った。これをきっかけに別居をやめて、元通り一緒に暮らすことにした。

 しばらくたって、子才は所用で金陵へ赴いた。ちょうど菊の季節であった。
 ある朝、花屋をのぞいてみると、見事な菊の鉢植えが並んでいる。思わず菊愛好家の血が騒いだ。そこでいくつか物色していたのだが、どうも陶青年の育てていた菊と似ている。不思議に思っているところへ、店の主人が出てきた。果たして陶青年であった。
 思わぬ再会に二人は大喜びで、別れて以来の話で盛り上がった。尽きぬ話にその夜は陶青年の家に泊まった。
 翌日、子才が順天に一緒に帰ろうと言うと、陶青年は、
「金陵は私の故郷なんですよ。ここで結婚するつもりです。わずかながら蓄えもできましたので、お手数ですが姉に渡してやって下さい。年末になったら伺いますよ」
 と言う。しかし、子才は引き下がらない。
「あのおかげでうちの方もかなり楽になって、悠悠自適の生活が送れるようになった。これ以上、商いをする必要もないじゃないか」
 そう言うと、店の下男に勝手に値段を決めさせて菊の大安売りを始めた。おかげで数日のうちに菊はすべて売り切れた。子才は陶青年をせき立てて店をたたませ、舟を雇うと順天への帰途についた。
 家に戻ってみると、黄英は離れをとり片付けて待っていた。まるで弟の帰宅を知っていたかのようであった。

 順天に戻ってからの陶青年は、人を雇って庭の大改修を行ったが、あとは子才とともに酒を飲んだり、将棋を打つなどして過ごし、他の人と付き合うこともなかった。陶青年に結婚を勧めてみたが、その気はないというので下女を二人つけてやった。三、四年たって、下女の一人に女の子が生まれた。
 陶青年は酒豪であったが、一度も酔いつぶれたことがなかった。
 ある時、子才の友人の曽生が訪ねてきた。この曽生、酒に関しては敵う相手がいないほどの豪の者であったので、子才は陶青年に引き合わせ、飲み比べをさせることにした。二人は思う存分飲み、大いに意気投合し、なぜもっと早くに知り合えなかったのかと残念がった。
 朝から夜中まで飲み続け、銚子にして百本あまりも空にした。さすがの曽生も酔いつぶれて、その場で寝込んでしまった。陶青年の方はふらつく足取りで立ち上がると寝に戻ろうと歩き出した。しかし、門を出て菊畑に足を踏み入れた途端、ぐらりとその体が倒れた。かと思うと、そのまま一本の菊になってしまった。着物はそのそばに脱ぎ捨ててあった。菊は人間の背丈ほどで、拳ほどの大きさの花を十余りもつけていた。仰天した子才は、黄英のもとに飛んでいった。黄英は急ぎ駆けつけると、菊を引き抜いて地面に横たえた。
「三郎!こんなになるまで酔うなんて」
 そして着物をかけてやり、子才に見ないように言い含めてその場を離れた。翌朝、見に行ってみると、陶青年は菊畑の中で寝ていた。子才は黄英と 陶青年が菊の精であることを知り、敬愛の念を深めた。
 この一件以来、陶青年の飲みっぷりはますます度を越していった。いつも 曽生を招いてはともに痛飲した。
 花朝の日(注:陰暦の二月十五日。花の咲き始める日といわれる)のことであった。曽生が二人の下男に薬草を浸した白酒を一甕かつがせてやって来た。いつものごとく飲み始めたのだが、甕が空になっても酔う気配がない。そこで、子才の方でこっそり一甕注ぎ足してやると、二人はそれも飲み尽くしてしまった。曽生は酔いつぶれてしまい、下男に背負われて帰って行った。陶青年はと見れば、地面に寝転がって菊になってしまった。子才は事情を飲み込んでいるので、もう驚くこともなく、先に黄英がやったように菊を引き抜くと地面に横たえ、様子を見守った。しばらくすると、葉がだんだんにしおれてきた。何だか様子が変なので、黄英を呼びに行った。黄英は聞くなり、叫んだ。

「弟を殺したのね!」

 黄英は枯れてしまった菊の傍らでしばらく泣いていたが、茎の部分を摘んで鉢に挿した。そして、それを自分の部屋に持ち込み、毎日水をそそいだ。子才は後悔するとともに、曽生を恨んだ。数日後、曽生が酔いつぶれたまま意識が戻らず死んだことを知った。
 鉢に挿した菊は新たに芽を吹いた。九月になると見事な白い花を咲かせた。嗅いでみるとほのかに酒の香りがした。そこで「陶酔」と名づけた。水 の代わりに酒をそそいでやると、ますます生き生きと花開いた。

 陶青年と下女の間に生まれた娘は成人してから、名家に嫁いだ。
 子才は黄英の正体を一度も見ることがなかった。黄英は普通の人間として年老い、その老後は平安そのものであった。

(清『聊斎志異』)

 

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