棋局姻縁(前編)


 

 州(さいしゅう、注:現河南省)の農村に一人の少年がいた。幼い頃に見よう見まねで碁を始めたところみるみる上達し、今では村内にかなう者のないほどの腕前になっていた。
 年頃になり、両親が嫁取りの算段を始めると、少年はこんなことを言い出した。
「オレの家はただの百姓だ。嫁をもらうにしても、せいぜいそこいらの農家の娘しか来ないだろう。そんなの真っ平だ。幸いオレには碁がある。碁の腕前を頼りに広い天下を渡ってみるよ。そこで、オレの好みにかなった女と出会えられれば、こんなに素敵なことはないぜ」
 そして、粗末な身なりで村を出て行った。

 少年は「小道人」と称して都の開封(かいほう、注:現河南省)を目指した。開封では局を囲む相手すべてを打ち負かした。ただ、理想の美女が見つからなかったので、太原(注:現山西省)や真定(注:現河北省)などへも足を伸ばした。ここでも碁の勝負をしてみたが、自分の右に出る者はない。これに自信をつけた小道人、今度は燕京(えんけい、注:現北京)へ乗り込むことにした。
 燕京は荒夷(あらえびす)どもの手に落ちて久しかった。ここに妙観という女道士がおり、国一番の碁の名手として知られていた。碁の教室を開き、多くの弟子が学んでいた。
 妙観の噂を耳にした小道人は早速、教室をのぞきに行った。教室には弟子のほかに大勢の見物人が集まっていた。女道士は年若く美しかった。小道人は燕京まで足を伸ばした甲斐があったと思った。ただ、碁の方がどうもまずい。小道人は妙観が打ち間違えるたびに、声高に指摘した。
 妙観は人々の前で恥をかくことを恐れ、弟子に命じて小道人をつまみ出させた。
 憤慨(ふんがい)した小道人は向かいに宿をとると、一枚の看板を掲げた。そこには大きな文字でこう書かれてあった。
「汝南小道人手談、奉饒天下最高手一先(汝南の小道人碁を打ちます、天下の名手に先手を譲りましょう)」
 あからさまに妙観を挑発するものであった。妙観もさすがに腹を立てたが、小道人と勝負して万一負けた場合を用心して、自ら勝負に出ることだけは避けた。そこで一番弟子の張生という者を密かに小道人のもとに遣わし、勝負させることにした。
 小道人は言った。
「看板にもあるでしょう。先手をどうぞ」
 張生は言葉に従い、先に石を置いた。しかし、見るまに追い詰められて進退窮まってしまった。
「も、もう一局!!」
 今度は張生に先に石を二つ置くことを許したのだが、それでもかなわない。
「なら、三つ置いたらどうです」
 張生は言われるままに石を三つ置いたが、それでも結果は同じであった。
 張生は妙観のもとに戻り、小道人に惨敗したことを報告した。
「あの小道人はすごい腕前です。おそらくお師匠さまでも、一歩譲らざるをえますまい」
「滅多なことを言わないよう。小道人との勝負のことは絶対に人には話してはなりません」
 妙観は固く戒めた。しかし、このことが人に知られるのに、そう時間はかからなかった。

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