恋は舟に乗って(三)


 

 家の舟が淮安を出発してからというもの、令嬢は気分がすぐれないと言って船室から一歩も出なくなった。食事は船室に運ばせるのだが、しきりに空腹を訴え、毎食二人分をぺろりと平らげてしまう。
 実は令嬢は情を寝台の下に隠していた。情は、昼の間は寝台の下で過ごし、夜になると令嬢と枕をともにしていたのである。こうして三日も過ごすと、情はすっかり令嬢との恋に溺れ、父親のことなど思い出さなくなっていた。
 呉君夫婦は娘可愛さのあまり、少しの疑念もはさまず、
「まあ、こういうこともあるだろう」
 と、令嬢の好きなようにさせていた。
 しかし、ここに不審を抱く人物があらわれた。令嬢の兄嫁である。
 兄嫁が夜、令嬢の船室をこっそりのぞくと、令嬢が見知らぬ少年と仲睦まじく語り合っているではないか。驚いた兄嫁は母親に打ち明けた。母親は、
「まさかうちの娘が」
 とはじめのうちは信じなかったが、夜、令嬢の船室をのぞいてみれば、果たして嫁の言う通り。母親は早速、呉君にこのことを告げた。
 呉君は烈火のごとく怒り、刀を手に令嬢の船室へ押しかけた。令嬢を外に追い出すと、船室中くまなく探し、とうとう寝台の下に隠れていた情を見つけた。怒り心頭の呉君は情の髪をつかんで引きずり出し、その場で斬り捨てようとした。
 情は逃げることもできず、目に涙を浮かべて呉君をじっと見つめるばかり。あまりに可憐なその姿には、さすがの呉君も刀を振り下ろすことができなかった。それでも目を怒らせて叱りつけた。
「貴様、何者だ?どうしてここにいる?」
 情は姓名を名乗った。
「本籍は山西です。家柄は悪くはありません。このようなけしからぬ振る舞いに及んだのは、実はご令嬢に誘われたからなのです。しかし、僕の犯した罪は殺されても仕方のないものです。逃げ隠れはいたしません、ご存分に成敗して下さい」
 呉君は情の姿をじろじろと眺め渡してからこう言った。
「うちの娘を君は傷物にした。いったん傷物にされたからには、娘をよそへ嫁がせることはできない。君にはこの責任をとってもらわなければならない。責任をとって、うちの娘と結婚してもらおう」
 思わぬ展開に情は涙を流して喜んだ。
「はい、喜んでお嬢さまをいただきます」
 うれし泣きしながら跪く情を呉君は押しとどめた。
「その前に一つやってもらわなければならないことがある。我が家にも世間体というものがあるからな」
 そう言って呉君が情の耳元でささやくと、情はニッコリ笑って大きくうなずいた。

 

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