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湖上の蹴鞠(後編)


 

「ああ、やっぱり親父どの!」
 間近で見てみれば、年寄りは亡くなった父であった。年寄りの方も大いに驚き、足を止めて顔を見合わせた。童子は身をひるがえして逃げ去った。
「急いで隠れるのじゃ。さもなければ、皆、死んでしまうぞ」
 年寄りがそう言い終わらぬうちにも、三人は舟に上がってきた。顔はどれも真っ黒で、飛び出した大きな目玉をグリグリさせている。
「この老いぼれめが!」
 そう言うなり、年寄りをつかんで連れ去ろうとした。汪が飛びついて必死に奪い合ったので、舟が大きく揺れてとも綱が切れた。汪が刀を振り上げて黄衣の者に斬りつけた。
「ギャアッ!」
 黄衣の者は腕を斬り落とされて逃げ出した。続いて、白衣の一人が向かってきたが、汪に頭を割られ、ドボンと水に落ちた。騒然とする中、いつの間にか皆、姿を消していた。
 これに危険を感じ、舟をすぐにでも出そうとしていたその時、突然、水面が泡立ったかと思うと、巨大な口が現れた。パックリと開いた口は井戸のように深く、周囲の水がものすごい勢いで流れ込んだ。
 と、その時、口からものすごい量の水が噴き上がった。水は湖面に滝のように降りそそぎ、逆巻く波は湖上に浮かんだ無数の舟を星に届きそうなほど押し上げた。
 汪の乗った舟には二つの石鼓(せきこ)が積んであった。どちらも百斤(注:当時の一斤は約600グラム)もの重さがあり、普通の人には持ち上げられなかった。汪はその一つを引っつかんで巨大な口に投げつけた。水が雷鳴のように轟き、波が少しおさまった。もう一つ、投げつけると、波は完全に静かになった。
 汪は父のことを幽鬼かと思った。すると、父は言った。
「銭塘江で舟が覆った時、私だけ死ななかったのだ。ほかの者は皆、先ほどの妖怪に食われてしまったが、私は蹴鞠のおかげで命拾いをした。後に妖怪どもは銭塘君から咎めを受け、洞庭湖へ逃げて来たのだが、私も一緒に連れて来られたわけだ。あの三人は魚の精だ。鞠は魚の浮き袋だよ」
 父子は再会を喜び、急いで舟を出してその場を離れた。

 夜が明けてから見てみれば、舟の中には四、五尺(注:当時の一尺は約32センチ)あまりもある魚のひれが落ちていた。

(清『聊斎志異』)

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