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亡き息子


 

 洲(現江蘇省)陸墓に戴客(たいかく)という人がいた。かわらけの販売を生業(なりわい)とし、たいそうな蓄えもあったが、息子は一人しかいなかった。夫婦は一粒種の息子を目に入れても痛くないほど溺愛し、望むものは何でも与えていた。
 この息子が十六歳になった時、突然病みついた。医者や薬、あげくの果てには祈祷にまで、湯水のように金を使ったが、何の甲斐もなく半年後に息子は亡くなった。
 夫婦は息子の死を深く嘆き、せめて葬儀だけでも盛大に執り行ってやろうと、残りの財産を使い果たした。
「財産を残しても、受け継ぐべき息子がもういないのだから」
 そして、日々、息子のことを思っては泣いた。
 ある日、陸墓に一人の老婆が舟で乗りつけ、戴客の家を訪ねた。老婆は夫婦の嘆きぶりを見るとこう言った。
「死は誰もが免れられないもの、何をそうお嘆きになるのです。亡者はそれほど生者のことなど思っていませんよ。そんなに坊ちゃんに会いたいのなら、一目会わせてあげましょうか?」
「とっくにあの世へ旅立った者と、どうやったら会えるのです?本当に会えるのですか?」
「そんなの簡単ですよ」
 老婆は夫婦を自分が乗って来た舟へ連れて行った。
「この舟であるところへ連れて行きます。そこへ行けば坊ちゃんに会えますよ。ただ、二人一緒というわけにはまいりません。どちらか一人だけです」
 そこで、母親が老婆と一緒に行くことになった。老婆は母親を固く戒めた。
「やたらとあちこち見てはなりませんよ」
 老婆が流れに掉さすと、舟は飛ぶような勢いで進んだ。やがて舟は大きな市場のようなところに着いた。民家や商店が所狭しと並んでいた。
 老婆は舟を岸辺につなぎ、女房を一軒の米屋へ連れて行った。店先で一人の若者が米を計っていた。亡くなった息子であった。
「母さん!」
 息子は母親の姿を認めると、駆け寄ってきた。
「今はここで米屋を任されております。母さんには一度会いたいと思っておりました。どうかしばらくお留まり下さい。主人の許しを得てから、お迎えにまいります」
 そう言って店の奥へ姿を消した。母親が息子に再会できた喜びに浸っていると、老婆が舟へ戻るよう促した。
「あの子が迎えに来るのに」
 老婆は母親をとまの下に隠れさせると、舟を岸から離した。
 しばらくすると息子が店の奥から出てきたのだが、その姿は恐ろしげな牛頭夜叉(ごずやしゃ)と化していた。息子は母親がいないのを知ると、歯噛みしながらくやしがった。
「クソ婆あ、どこへ行きやがった?二十年の貸しを四年も減らしやがって。向こうからノコノコやって来たから、お返しをしてやろうと思っていたのにずらかりやがったな」
 息子は散々悪態をついてから、店の奥へ姿を消した。
 母親はあまりの息子の変わりように、思わず泣き伏した。
「わかったかえ」
 老婆はそう言って舟を帰した。
 母親は戻ると、戴客に自分が見聞きしたことをつぶさに語った。
「あの子は貸しを取り立てるために生まれてきたのか…」
 こうして、夫婦は息子への執着を断ち切った。
 老婆に礼を述べようとしたところ、すでに舟とともに姿を消していた。

(明『庚巳編』)