猫の言い分


 

 、某公が寝ていると、窓の外からボソボソと話す声が聞こえてきた。
 窓からのぞいてみれば、たいそう明るい晩であったが、どこにも人影は見当たらない。よく見てみると、飼い猫が隣家の猫と塀越しに人語で話していた。
 隣家の猫、
「西の家が嫁をもらったぞニャ。おみゃあサン、のぞきに行かニャアのか」
 飼い猫、
「やめとくぞニャ。下女は台所をしっかり片付けるのだが、それでも吾輩はゆっくり休むこともできニャアのニャ」
「ちょっとくらいいいではニャアか」
「そうはいかんのニャ」
 隣家の猫が何度も誘うのだが、飼い猫は、
「ダメニャ」
 の一点張り。すると、隣家の猫が塀の上から、
「おいで、おいで、一緒に行くぞニャ」
 となおも呼びかける。
 飼い猫は、
「仕方ニャアのう」
 と言って、隣家の猫とともに塀を越えて出かけて行った。
 猫のやり取りを聞いた某公は仰天した。

 翌日、某公は早速、飼い猫を殺そうと縛り上げた。
「お前、猫のくせにどうして人語を話すのか?」
 すると、飼い猫が答えた。
「吾輩は確かに人語を話すことができるぞニャアもし。吾輩だけではニャア、天下の猫はすべて話すことができるぞニャ。貴公がそんニャにいやニャ ら、吾輩はこれからは話すことはやめるぞニャア」
 あまりによどみなく返答するので、某公、ますます怒った。
「この化け物め!」
 すぐにも殴り殺そうとすると、猫は大声で叫んだ。
「天よ、吾輩は無実ニャ〜!後生ニャ、最後に一言だけ言わせてくれニャ」
「何を言うつもりだ、化け物」
「吾輩が化け物ニャらば、どうして貴公に捕まったのニャ?仮に化け物としたニャらば、貴公に殺されれば、吾輩は悪鬼とニャってとりつくぞニャ。そうしたら、貴公はどうするつもりニャ。吾輩はいつも貴公のために鼠を獲っていたではニャアか。ささやかではあるが、貴公の役に立っていたぞニャ。それを不吉というだけで殺そうとするのか?鼠達が猫がいニャくニャったことを聞いたら、きっと大挙してこの家に押し寄せるぞニャ。倉の穀物が食い荒らされるだけでニャく、つづらは破られ、本もかじられるぞ。箪笥(たんす)にまともニャ着物はニャくニャるぞ、家具調度はすべて壊されるぞ。そして、貴公は一晩たりとも安心して眠ることはできニャくニャるぞ。たとえ吾輩が化け物でも、殺してしまうよりは鼠よけに置いておいた方がよいではニャアのかニャ。今日もこうして安心して暮らしていけるのは、誰のお陰ニャのか忘れたか」
 これには某公も笑って、猫を放した。

 猫はその後、どこかへ姿を消してしまったが、別段、怪しいことも起こらなかった。

(清『耳食録』)