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李家の婆や


 

 方官として都を離れて各地を転任していた李某が亡くなった。家族は都の旧居に戻ったのだが、未亡人はよその出身であったため、都の事情に詳しくない。幸い、昔から召し使っている婆やが都の事情に精通していたので、これに日常の買い物や親戚との交際などすべて任せていた。未亡人は婆やに目をかけ、まるで身内のように接していた。
 ある年の春、未亡人は婆やを親戚の家へ使いにやったところ、夕暮れになっても戻ってこない。方々、尋ね回ったのだが、数日経ってもその行方は わからなかった。
 未亡人は憂わしげに言った。
「寄る年波でめまいがするなんて言っていたから、溝にでもはまって死んじゃったのかもしれないよ」
 都の開封(かいほう、現河南省)では毎年春になると大規模な溝浚えをした。都の溝は非常に深くて広く、浚え出した泥で老人が足を滑らせて一命を落とすことがしばしばあった。
 そこで、祭壇を築いて婆やの霊を祀ると、家の吉凶についてお告げがあった。
「婆やは死んでも、私達のことを忘れないでいてくれるんだねえ」
 未亡人はそう言って泣いた。

 翌年の春、婆やがひょっこり戻ってきたものだから、家族は幽鬼ではないかと恐れた。
 婆やは留守にしていた一年のことをこう話した。
「去年、ご親戚のところへご挨拶に伺った折、めまいを起こして溝にはまったんでございますよ。ちょうどそれを先方のご主人夫婦が見つけて下さりましてねえ、使用人に命じて溝から助け出して湯を使わせてくれただけでなく、手ずから看病までして下さったんです。おかげで命拾いをいたしまし た。何かご恩返しをせねばと思いまして、それで一年、あちらで下働きをしておりました。長らくご連絡もいたしませず、本当に申し訳ありませんでした」
 未亡人がくだんの親戚にたずねてみると、果たして婆やは一年の間、そこで働いていたという。ならば、祭壇で吉凶を告げてくれたのは一体誰なのだろうかと、皆、いぶかしがった。
 その晩、未亡人の夢に青い頭巾を被った男が現れた。
「私は街路の清掃夫です。その左の小路で死にました。昨年、お宅で行方知れずになった婆やのために祭壇を設けて祀っていると聞いて、婆やの名を騙ってお供物にあずかっていたのは私です。無事に婆やが戻ってよかったですね」
 男はそう言って姿を消した。

(宋『括異志』)