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崔 簡


 

 陵(はくりょう、現河北省)の崔簡(さいかん)は若い頃から聡明で道術を好んだ。かつて道士の張元肅(ちょうげんしゅく)と出会って道術の奥義(おうぎ)を伝授され、神霊を使役できるようになった。また、あらゆる変化の術にも通じていた。
 崔簡は天宝二年(743)、蜀郡(現四川省)へ赴いた。同郡に呂誼(りょぎ)という人がおり、これが莫大な礼物をたずさえて崔簡に面会を求めて来た。崔簡が会ってみると、頼み事がありながら切り出せない様子であった。
 崔簡に促され、ようやく打ち明けた。
「私の娘を探して下さい。跡取りといえばこの娘しかおらず、他人の目に触れないよう奥で大事に育てておりました。それが、ある晩、誰にかどわかされたのか、突然、姿を消してしまったのです。あなたは稀代の術士ときいております。どうか助けで下さい。娘が戻って来るのなら、命も惜しくはありません」
 崔簡はニッコリ笑った。
「それなら簡単ですよ」
 そして、別室に机と椅子を用意させると、名香を焚いて神降ろしをした。また、呂誼に剣を持たせて扉の陰で待機させた。
「胡僧が姿を現したならば、捕えて娘を返すよう要求なさい。くれぐれも傷つけてはなりませんよ」
 崔簡は護符をしたため、大声で命じた。
「行け!」
 護符は矢のような速さでいずこへか飛び去った。
 しばらくすると、風が吹き始めた。風はどんどん強くなり、木をなぎ倒し、屋根を吹き飛ばした。その時、天地を揺るがすような声が響いた。
「神兵の備えはでき申した。我が君、ご命令を!」
 虚空から甲冑姿も厳しい兵士が現れ、崔簡の前に進み出た。
「某日、呂公の娘ごが何者かにかどわかされた。下手人を探し出せ」
 崔簡が命じると、兵士はかしこまって答えた。
「東山の上人(しょうにん)は、毎日呪水(じゅすい)を使って人をかどわかしております。下手人はおそらくそやつでございましょう」
「ならば、すみやかに捕えてまいれ!」
 崔簡の命を受けて兵士は姿を消したのだが、すぐに引き返してきた。
「東山の上人はこのことを知ると激怒いたし、金剛力士を下して我が君を討とうとしております。どういたしましょう?」
「恐れることはない」
 崔簡がそう言って護符をしたためると、護符は虚空へ飛び去った。 一万にものぼる神兵が崔簡のもとに馳せ参じた。皆、見るも恐ろしい奇怪な姿をしており、剣や矛(ほこ)を手に居並んだ。
 その時、西北の空から金剛力士が現れた。身の丈は数十丈もあろうか、それがカッと目を見開いて神兵を一喝した。途端に神兵達は地面に倒れて動けなくなった。 
 崔簡が剣を手に祭壇の前に進むと、神兵の姿はかき消すように見えなくなった。金剛力士も恐れおののいて逃げ出した。
 そこへ、奇妙な人影が姿を現した。豚の頭をしており、豹皮の股引きを穿いていた。それが崔簡に向かって手を拱(こまね)いた。
「お上人がご挨拶に参上いたします」
 崔簡は足を組んで坐ると、重々しく答えた。
「目通りを許す」
 今度は紫の衣を着けた胡僧が駆け込んできた。崔簡は激しい言葉で責め立てた。
「その方、僧侶の身でありながら呂公の娘ごをかどわかしたな。どうしてそのようなことをしたのだ?」
 胡僧は身に覚えがないとの一点張りで、どうしても罪を認めようとしない。そこへ呂誼が扉の陰から飛び出し、胡僧を組み伏せた。胡僧はヒイヒイ泣きながら、
「降参いたします。貧僧が娘に対して呪法を使ったことは確かです。しかし、実際にかどわかしたのは、そこにおります聖者にござります。貧僧はいらぬと申しましたに、あやつが勝手に連れてまいったのです」
 と言って、豚の頭をした男を指さした。
「こやつ、まだ人のせいにいたすか」
 呂誼が力を込めて腕をねじり上げると、胡僧は許しを乞うた。
「娘ごならすぐにお返しいたします。どうかそんなに責め立てないで下され。仙官様がおられなければ、あなたは何もできなかったのですよ。聖者よ、娘ごを連れてまいれ」
 すぐに豚の頭をした男は娘を背負って戻って来た。娘は昏睡状態で、かすかに息が通っているだけであった。崔簡は言った。
「井戸水で桃の木を煎じたもので体を洗え。すぐに意識を取り戻すだろう」
 やがて娘は息を吹き返し、自らこう語った。
「夢に豚の頭をした男が現れて私をさらって行きました。どのくらい離れたところでしょうか、どこぞかの小部屋に連れ込まれ、あの胡僧に手込めにされたのです。胡僧にそこがどこなのかたずねると、天上だと言われました。そのまま私は閉じ込められ、逃げ出すこともできませんでした。今夜突然、騎兵が現れて何やら押し問答になり、それに続いて豚の頭をした男がまた現れました。
『崔真人のお召しだ』
 とのこと。こうして、ようやく帰ることができました。こちらへまいる時、部屋の扉にこっそりおしろいを塗りつけておきました。指の痕が三本あるのがそれでございます」
 娘が語り終えた時には、胡僧も豚の頭の男も姿を消していた。
 呂誼は崔簡におびただしい金品を謝礼として贈った。

 数ヵ月後、崔簡は東巌寺を訪れた。ある小部屋の前を通りかかった時、扉に指の痕を見つけた。踏み込んだ時には、小部屋の主である胡僧はすでに逐電していた。
 東巌寺と呂誼の邸は十数里しか離れていなかった。

(唐『通幽記』)